母から電話があり、お向かいのお爺ちゃんが亡くなったとの事だった。


話はその後の、残されたお婆ちゃんの話だった。


お婆ちゃんと言っても、母の友人であり、しっかりしている人だ。


そのお向かいさんが、「年金が少なくなってしまって、これからどうしよう。」と不安を訴えているという話だった。
自営業をされていて、国民年金だったのが、「年金なんかかけなくても、商売を続けてればお金には困らない」と思っていて、ほとんどかけてこなかったという。



これまでは、夫婦の年金合せて、生活してこれたそうだ。貯金もあったのだろう。


ご主人が亡くなって、年金の手続きをしていたら、奥さんの年金が過多支給されていた事が発覚、返済しないといけなくなったそう。役所のミスなのに、ただでさえ少ない年金が更に減ったらしい。



しかも、50歳の独身息子さんも同居していて、ニートなんだそう。


わおー!リアル!と思ってしまった。

何だか、他人事に思えない老後生活。

自分は息子はニートにさせないと思うが、お向かいさんは、自分の事より息子の生活の心配ばかりしているそうだ。子離れができない人だそうな。


以前から私が嫌だったのは、母は、自分の基準でしか考えられない人で、人の気持ちに寄り添う事ができない。
表では、なぐさめたり、世話好きな優しい人なのだが、全く相手の気持ちは想像できていない。



だから、裏では本音をだす。私に対して毒をはく。


お向かいの奥さんを一生懸命励ましたらしいが、その内容を聞いていて、そんなの励ましじゃない。余計に傷つくのにと思った。
どこか、「そんなわけないでしょ。お金が無いなんてありえないでしょ」と思っている。


優越感にひたっているし、馬鹿にしているのがわかる。

母は、父の給料だけで、生きてきた。内職はしていたが、企業で働いた経験は無い。

裕福ではなく、どちらかと言えば貧しい方だった。

私たちは辛抱、節約、我慢の日々で育った。でも父が定年まで勤めあげ、退職金や年金がきちんとでるので、今は母は気楽でいられる。苦労は報われたという事で、羨ましい。(それをあてにしている愚か者のうちの夫)


母は、年金で暮らせるのが当たり前と思い込んでいる。年金で生活していけない人の不安とか本当に切羽詰まった気持ちはわからない。
聞いていると、そう言いながら、お向かいさんは、貯金があるのか、結構生活は派手なようで、3人いる子どもさんにもお金をあげたりしている様だ。


今のお年寄りの、お金が足りないという愚痴は、今の若い人のお金が無い、というのと基準が違うのではないかと思ってしまった。


私は、わざと母に「私も年金に関してはお向かいさんと似た様なものよ。いやもっとひどいかもしれない。他人事じゃないわ」と言った。


すると、話題をそらされた。


私のこういう話は聞いてくれず、裕福で遊んでばかりの弟に対しては、心配だ、可哀想と言って、晩御飯のおかずを買ってあげたりし、それを私に報告してくる母の無神経さ。


もともと男尊女卑があるから、子どもの時から理不尽なストレスが溜まる家だった。

母と話した後はいつも不快感が残る。でも、先の長くない年寄りだし、我慢してやろうと自分に言い聞かす。いつまでも心配させる私が親不孝なんだから。


良い子でいる様に圧力かけられた子ども時代の反発で、親不孝をして復讐しているのかもしれない。
でも、そんなの、自分が不幸なだけで何の意味もなかった。

いつも自分が情けない。


母親と良い関係にあり、尊敬できる人が羨ましい。



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