大阪北部の地震のニュースを見る度、何とも言えない気分になる。


家が倒壊する恐怖で眠れない方々は多いはずだ。余震があればあるほど、ぐらっときたり地鳴りがしただけでも逃げ出したくなるだろう。


阪神、東北、熊本での避難所の映像に記憶を巡らす。
これまで日本は何度被害に遭ってきたのだ?どれだけの人が被害に苦しみ、どれだけの多くの人々が未だに仮設住宅に住んでおられるのだ?

不便な体育館での生活、トイレの水がでない、食べ物がない、赤ちゃんやお年寄り、病人、障害を抱えているなどの援助が必要とされる人達の苦労。平穏な普通の暮らしを一瞬で失った絶望感と恐怖心。

避難者向けの、何とか居心地良いスペースを準備しておけないものか。

熊本地震の時に、特に感じたのだが、阪神、東北での大災害であんなに避難所が酷い状況になったのに、いまだに何も改善されていないじゃないか。と思えた。

ここは日本だよね?あんなに多額の税金をつぎ込んで、オリンピックをやったり、海外に援助したりする豊かな国だよね?

国民が何度も大きな災害にあっているのに、まだこんな不衛生で過酷な生活をしないといけないの?
日本という国は、地震や大雨でまだまだ被災する可能性はあるのだ。南海トラフも来るとわかっているのだから、もっと災害時に国民が困らないような避難対策にお金を使ってほしいものだ。

そして、ここから個人的な話に移る。

大地震などの災害が起こると電話が殺到し、通じにくくなる。緊急の通報の妨げにもなり、むやみに安否確認に電話を使わない様にするのが常識だろう。

東北地震の時、知人には電話はかけず、メールをしたが、通じなかった。落ち着いた頃、やっとメールで連絡がとれた。

熊本の時も同じだった。(私はあちこちに知り合いがいるもので
そもそも携帯に電話したら、回線が混雑して繋がりにくくなるし、相手の携帯の電池も無くなるわけで、迷惑な事だろう。

知人などの安否確認は、落ち着いてから、手紙のやり取りをすれば良いと思う。親兄弟などの身内なら話は別だけど。

で、夫についてだ。こういう時に人間がわかってしまうというが、何回注意しても聞いてくれない。
熊本地震の時、夫の知り合いが熊本にいた。私は以前から「電話は迷惑だからかけない方がいい」と注意していた。彼の行動が予測できたから。

だが、予測通り、注意を無視して熊本にかけまくっていたのだ。

相手の人は、身内でもなく、普段連絡を取り合う仲でもない。仕事で知り合った顔見知り程度の古い知人だ。
すぐかけたので、最初は電話が通じたらしい。無事を確認して安心して、それで終わればまだ良かった。
その後、同じ人に連続して何回も電話が通じるまでかけ続けた夫。

相手の方には迷惑だっただろう。
回線が通じても相手はあえて電話にでなかった。迷惑をかけている事に気がつかない夫。

「電話にでない!あれから何かあったに違いない!」と騒ぎだした。

仮に知人に何かトラブルがあったとしよう。だからと言って、遠い土地から夫に何ができるというのだ。何もする気もないのに。身内でもないのに、もはやただの野次馬でしかない。

しかも、勝手に妄想し、いかにもその知人が地震の被害にあって亡くなったかのように周りに言い、SNSにも発信し、一人興奮していた。

後から人づてに聞いた事だが、自己愛君が電話をかけまくっていた時、その方はご自宅が半壊しており、避難中で、野次馬みたいな電話をかけてくる人の相手をする暇も気分も無く、電池も無くなりつつあり、大変な時だった。

本当に気にしてくれる人はむやみに電話かけてこない。
この知人は「ご本人は親切でかけてくださったのだろうから感謝しないといけない」と、複雑な気分だった様だ。
後から「ご心配頂き有難うございます。電話にでれずにすみませんと」被害に遭われた人に頭を下げさせた。助けになるどころか余計な気を使わせてしまった。

それでも夫は、相手の気持ちに気が付かず、「いやあ、電話にでないから心配したよ~」と明るい。

更にその後も自宅に住めなくなったその知人に対して、電話を何回もかけた。

「自分も以前東京に出張中に東北の地震を体験した。あの時はひどかった。自分はこんな行動をした。君もこうしたら良いよ。」
みたいに、自分の言いたい事しか言わない。

電話をかけて「心配したよ」と言いながら、相手が状況を話しても聞かず、ただ、「自分の時はこうだった」しか話さなかったらしい。
見舞金を黙って送れば良いものを、一円もださず、口だけだした夫。

何かあった時に、その人がわかる。

夫みたいな人は周りが注意しても変わらない、「善意」の建前で自己満足な行動に走る人だ。

私は別居しているので、目の前で止める事ができない。

被害にあった人しかわからない事がある。謙虚に耳を傾けたい。