以前、体調を崩し、療養していた頃、故郷にいる友人からメールが来たので、「今体調が良くなくて…」様な内容を返信した。

色々心配してくれたのだが、最後に「早く元気にならなくちゃね。お母さんなんだからがんばらなくちゃね!」と励まされた。

励ましてくれる友人がいるのは、有り難い事で、友人も私の回復を願っての事だと頭では理解していた。

だが逆に、自分でも理解できない怒りに似た感情が残って、いつまでも消えなかった。


悪意も無い、良い友人だとわかっているけど、心は怒っていて、

「話さなきゃよかった。病気になったら母親として失格なのか?頑張っているじゃないか。頑張ったからこうなった。あなたも同じ目にあえばわかるのに」

といつまでも恨み言を心の中で呟いていた。ただでさえ、不安に押しつぶされ感情のコントロールができない時期だったからかもしれない。


こうやって、良かれと思ってかけたはずの励ましは、逆効果となり、傷だらけの心に塩をぬってしまう。

DV被害者が悪い訳では無いのに、「もう少し努力してみたら」とか「甘えじゃない?誰でも大変なのよ」とか「ご主人、大変ね。感謝しなくちゃね」とか「考えすぎよ」とかの励まし…残酷じゃないか。


話を聞いてもらって、心が軽くなる時もあるが、逆に後悔する時もある。

更に落ち込みがひどくなる。誰にも話せなくなる。
人の好意までも恨む自分を、何て嫌な人間なんだと更に自己嫌悪に陥る。

ほめてほしいんじゃない、慰めてくれなくてもいい。

聴いてもらえるだけでいい。


話の内容を信じてくれたらいい。信じたふりでもいい。という事だ。


大きな災害にあった友人に、別の友人が心配してメールをうった。


「避難中で、不安で一杯だ」という返事がきた。友人は、「しっかりしなくちゃね。がんばらなくちゃね」と励ましていた。よかれと思って誰でもそう言うだろう。

だが、相手はそんな事などとっくに自覚しているのだ。それでも不安なんだよ。遠くにいて何もできない人が言っても、それは他人事。

一緒にいて、一緒に被害にあっている者同士で、「頑張ろう」って励ます時だけが、一番気持ちに届くのだ。


相手の立場になって考えるって、難しい。

 

 教訓☆弱っている人には、余計な励ましはいらない。寄り添うだけでいい。