うちの自己愛の強い夫は、最初は謙虚で、フットワークが軽く、賢そうで、好青年にみえる。

夫としても、男性としても、誰からも優しい良い人に見られる。それも活かせば、営業に向いているかもしれない。


だからこそ、豹変した時のショックは大きい。
顧客に対しては、あまり本性を見せる事はないが、同じ組織の中で、深く付き合うともうだめだ。

「この人、こんな面もあったんだ」と思われる位なら良いけれど、「騙された。あれは演技だったのか」と思う人の方が多いと思う。それほど、第一印象の良い人間なのだ。
自己アピールも上手い。

本人にすれば、それも自分なのだろう。騙そうとか思っている訳でもなく、自然に自分なりに神経を使って人と接しているつもりなのだろう。


そうであれば、もう一つの自分とのギャップがありすぎるという事になる。


本人は、自分に自己愛が強い面があるとは、全く自覚していないし、認めない。


自分を客観的に見つめるというのは、誰でも難しい。

人とトラブルになった時、相手から言われたり、家族から注意されたりして、「自分にはそんな所があるんだ、人はそんな風に思ってしまうんだ、」とちょっとは反省して考えてみたりするもの。


私も若い時は、なかなか自分の事を素直に見つめる事ができなかった。

年齢を重ねて、子供や親、職場や友人などから、言われた言葉に、何度かハッとする時があった。

今になってやっと振り返って、自分の未熟さに恥ずかしくなり、今までこんな自分を許してくれていた周りの人々に感謝する毎日。


モラハラをする人間には、そういった自分を振り返ったり、客観的に見つめる事はないのだろうか。

夫は、そういう話になると、

「もっと客観的に自分を見つめる癖をつけなさい」とか、「自分もついそれを忘れてしまうのですが、気をつける様に努力をしていますよ、」とか、人に指導をする。

それは、自身の考えではなく、以前私に言われた事を覚えていて、受け売りなのだ。

彼は、心を許した相手には、上から目線で話す。嫌な印象を与えている事に気が付いていない。


「その言い方、上から目線になっているから気をつけた方がいいよ」と子供や私からも注意されているが、即顔つきが変わり、「そういうあなたの言い方が、偉そうだよ。気をつけるのはそっちだ」と怒り出す。

なので、今では家族は言っても無駄と諦めた。


そのようにして、自分が痛いところを突かれると、その後、それをかれは他者にむけるのだ。投影というのか。

だから、やはり、自己愛の強い人は自分を変えようとか、反省するということはできない人格なのだろう。