りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

                             

続き


高校を卒業し、私は県外の大学、K美は地元の銀行に就職した。
成績優秀だったK美は進学したかったのだが、家庭の事情で就職になった。


私の父は、どんなに貧しくても学問だけは必要だと考えて居て、借金してでも大学まではいかせたいという人だった。その点は男女平等で感謝しているし意外だったので驚いた。

家庭によって事情も考えも違うのだから、他人があれこれ言う資格はない。


進学先へ出発する前、お別れの挨拶に仲間で集まった。

皆でワイワイ騒いでいる時、K美がぼそっと口にしたのが聞こえた。
「大学に行く人の神経を疑うわ。親にお金をださせてまで、大学に行くなんて我儘だわ。甘やかされ過ぎよ」と呟いていた。もしかするとK美の親がK美にそう言っているんじゃないかと感じた。


私は聞こえないふりをしたが、きっとK美は悔しかったんだろうなと思った。

彼女の気持ちが良くわかっていたので、進学する友人達を笑顔で送る彼女は立派だなと、大人に見えた。私が出発する時も、わざわざ駅まで見送りに来てくれ、涙がでたのを覚えている。


大学に慣れてきた頃、K美から旅行で近くまで行くのでアパートに泊めてほしいと連絡がきた。

「狭い学生アパートだけど、それでよければどうぞ」と歓迎の返事をした。
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銀行で高給取りになり、ブランドの服や好きな物を買える立場のK美と、貧乏学生の私だったが、一緒に色々お喋りして楽しい夜を過ごせるだろうとワクワクした。
部屋が狭かろうが、それも楽しくていい思い出になるのではと。

K美がやってきた。

うちに泊まるのはK美だけだと聞いていたが、もう一人知らない人も一緒だった。

私が「2人分の布団とかスペースは無いけどいいの?」と聞くと「いいの、いいの、彼女はホテルがいいって言うけど、私が無理に連れてきたの」という。

その人の知らない話ばかりもできず、予想と違ってぎくしゃくした雰囲気になった。

私はK美と徹夜で色んなお喋りをして過ごす事になると思っていたのだが、予定が狂った。


お金はあるはずだし、ホテルに泊まりたいのに、知らない人の狭いアパートに無理やり連れてこられたその人は、無口で不機嫌だった。そりゃそうだろう。

私は何回も「うちよりホテルがいいんじゃない?」と言ったのだが、K美は「いいの、いいの。気を使わなくていいから」と言うだけで、強引だった。

夜になり、私が布団を敷いていると手伝う事なくそれを見ているだけのK美は、勝手に冷蔵庫を開けて「何か食べる物はないの?私たちの為に買い物してないの?」と言いだした。

「ろくな物はないわね」と言うので、「少ない仕送りではそんなものよ」と言い返しながら布団を敷く私。

夕食は外で私がご馳走した後で、深夜にそんな事を言いだしたのだ。

いくら友人でも、勝手に冷蔵庫を開け、何もないと文句をいうのは失礼だろうと思った。

しかも泊めてもらう相手だぞ。

2人共、何か持参するとかもいっさい無かったし。
いくら貧乏学生の私でも、そこまでケチらないぞ。礼儀はあったぞ。と後から思い出して気が付く。


K美は、私に会いたくて、一緒に過ごしたくて来たのではなかった。ホテル代を浮かしたかっただけ。ただ私を利用しただけだ。

寝床作りに困って、私は布団は使わず、二人に使ってもらう事にした。

そこへK美が、連れて来た友人に言っているのが聞こえた。

「ごめんね、〇〇さん。こんな狭くて汚い所に連れてきてしまって。我慢してくれる?」

                               続く

                          
                             

続き です。


K美とは高校1年の時、同じクラスだった。

いつも一緒で、家も近かったので、好きな音楽や色んな話をしながら一緒に帰ったりした。

あまり細かい事を気にしないタイプのK美だったので、助かった。
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だからK美とは一生仲良くしていけると信じていた。喧嘩もしたことはないし、うまくいっていた。むしろ、私の事を彼女の方が我慢してくれたのだと思う。


ただ、今思えば、突拍子もない事でK美の言動に戸惑う事はあった。

例えば、お金で人への態度を変える事があるという事。

部活の男子の先輩で、いつも制服が汚れ、ボタンをはずしてだらしなく着ている人がいた。

髪も長くてぼさぼさで、言葉使いも乱暴だった。

K美は「だらしなくて嫌ね」と先輩を嫌っていた。
話しかけられても、知らん顔をするほど。

ところが、ある日のこと、K美が私に興奮して話しかけてきた。

「びっくりしたわ。あのね、彼ってお金持ちのお坊ちゃまだったのよ!てっきり貧しい家の子と思っていたのに、見た目ではわからないわね!」と騒いでいた。


私はその話に関心がなく、「そうなんだ。でも関係ないし」みたいな反応をした。が、その後、部活にいくとK美が驚く行動にでた。


それまで嫌っていた先輩なのに、姿を見つけると走り寄っていき、
「○○さあ~ん!」と笑顔で挨拶したのだ。

先輩はびっくりして、相手にしていなかったと思う。


その後も、K美はどうにかして、先輩と仲良くなろうとすり寄っていた。

私が「今まで嫌っていたのにどうしたの。」と聞くと
「だってお金持ちなのよ!」と言うのだ。そして「最近先輩が素敵に見えてきて、好きになったかも」と言う。

え?意味がわからない。K美はお金持ちなら誰でも好きなのかと驚いた。

そのあからさまな態度の変わり方に驚いたのだ。先輩自身もそうだろう。相手にしていなかった。

それから、K美の様子を観察していると、同級生のお金持ちの女子に対しても、他の子とその子とでは、態度が違う事に気が付いた。

集団で遊んでいても、お金持ちの子が1人いると、K美はその子以外の子に対しては、馬鹿にした態度をとっていた。人がかわるのだ。

お嬢様の子には、態度が良くてとにかく気にいられたいという態度をとり、他の子には命令口調で、お嬢様のご機嫌をとるように指示したりする。

誰も指示を聞くわけがないのだが、K美だけが浮いている感じだった。


K美の家は、元々資産家だったが親が騙されて資産のほとんどを無くした経験があったらしく、親から「お金が大事、お金で人生がかわる」といつも言い聞かされて育ったと聞いていた。

そのせいなのかなと当時は思った。お金持ちの人がいない場所では、誰とでも仲良くするし失礼な態度もとらないので、特に私は気にしなかった。

もう一つ、え?と思う出来事があった。   続く



                             

昨日書いた高校の同級生 のK美と何故私が縁をきろうと思ったのか。


私だって、これまで生きて来た中で、何て無神経だったのだろうとか、あの時失礼な事をしてしまったなあとか、恥かしい事ばかりしてきた。

若さゆえの未熟さもあって、反省しかない。

私も気が付かないうちに友人から縁をきられているかもしれない。
人の事をどうこう言える立場ではないのはわかっている。


でも、無理して仲良くしていく事がストレスになったり、家族に迷惑をかける位なら、相手と気まずくなる前にうまく離れた方が自分には合っている。

自分の事を棚にあげているのを自覚した上で、K美の何が、当時の自分にとってストレスだったのかを思い出してみた。

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その前に~だいぶ前に高校の同窓会の総会に一度だけ参加した事がある。

私は縁を切ったつもり、K美はそれに気が付いていない頃。

(人数が多いしクラスも違うし、会わないだろう、彼女は来ないかも)と思っていたらしっかり会ってしまった。

K美は「住所がわからず困っていたの。やっと会えた!」と嬉しそうに話しかけてきた。

トイレに行くふりをして、うまく離れたつもりが、トイレの中までついてこられ捕まってしまった。
当然か。やっと会えた友達と思っているなら。

トイレから出ると、その場でいきなり
「旦那さんの出身地は?職業と会社の名前は?会社の内容は?」「住所は?」「子どもは何人で何歳でどこに通っているのか」「弟の職業は?結婚は?」「弟の奥さんは何をしているか」「両親はどうしているのか?」
といった個人情報を機関銃の様に聞いて来た。


適当に誤魔化していると、横にいた人に私の答えをすぐに話題にしていた。「この人の旦那さんは~なんだって!」みたいに。

こんな人だったっけ。益々苦手なタイプになったな。と思った。

私がK美を嫌になったのは、こういうところではなく、他の面だった。

私は住所は教えず、夫や子どもの事も適当に答えた。

弟の事、弟嫁の事までなぜ聞いてくるのか、さっぱりわからない。
弟嫁の年齢や仕事は何をしているかまで、どこの出身かとか、恐怖を感じるほど。


私はあえて質問もせず、とにかく自分の席に戻りたいふりをした。

K美は、自分の自慢話をし始めた。「高収入の夫をつかまえて、今はセレブ生活だ」と言った。聞いてもいない人の話までしてきた。あの人は、こんな人と結婚したとか、家を買ったらしいわよとか、旦那さんの年齢とか、全く興味の無い話をしてきた。
私の事もそうやって、誰かに話したいのだろうなと感じた。

そして「せっかく会えたんだから、これからは、なるべく会いましょうよ」と言ってきた。

私がK美とは遠く離れた土地に住んでいたので救われた。


この日は、たまたま帰省中に同窓会があった。それっきり出た事は無い。

「転勤が多くて、またすぐ引っ越す予定なのよ。無理かもしれない。」と言ってうやむやにした。

それっきり、K美とは縁が切れている。向こうは探しているかもしれないが、引っ越しは現実に多く、同窓会の連絡先は実家にしている。

K美は、何となくおかしいなと感じただろうか。それとも「何か世間体が悪いことでもあるのかしら」と思っているかもしれない。自分に理由があるとは感じてないはずだ。


何か喧嘩した訳でも、トラブルも何も無い訳だし、私から嫌われたなんて思うはずがない。K美自身、私を友人だと思ってくれている訳だし、あくまでも私の我儘なのだ。

次第に苦手になっていったという事だ。


高校生の時から、就職した頃までのK美の行動が、自分には理解できないものだったから。  続く




                             

私は、自分の人生は失敗だったと思っている。何を失敗と思うのかは人それぞれの価値観で変わるだろう。

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「自分の意志が全く入っていない、納得がいかない生き方を他人によって決められた」と言う点で失敗と思う。


配偶者は他人とは言えないが、元々は他人なのであえてそう書いた。
結婚生活について、結婚前に話し合っていたり(と思っていた)お互いにどう生きたいかを語っていた。

一致していると思っていた。まさか嘘だったとは。

そこで見抜けなかった自分の失敗だと思う。

成功したとすれば、子ども達が自分の元に生まれて来てくれた事だ。その点だけは結婚して良かった。


隣の芝生は良く見えると言うが、本当だ。


高校の同級生は、自分の方から積極的に相手を選んで、現実を良く見て、納得した結婚生活を送っている人が多い。


実は、誰にもそれぞれ色々悩みはあるのだろうが、少なくとも、騙されたと思っていそうな同級生は私の周りにはいないと思う。これは”隣の芝生”状態?

その中の1人で、学生時代に私の方から遠ざかった友人がいる。

高校生の時は、いつも一緒で仲良しだった。なのに。

私は大学、彼女は銀行勤務となり、遠く離れてしまってから関係がおかしくなった。 
  

                                                                                         続く
                             

卒業式の時期になった。

子どもの時の自分にとっては、卒業式なんて面倒臭い嫌な行事だった。緊張するだけの時間で苦痛だった。

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小、中、高と、卒業式の前になると、大声で指導する教師のもとで、何回も練習させられた。ひどい時は、ちょっと動きがずれただけで殴られた子もいた。

今思えば誰の為の式なのか、子ども達をお祝いする為の式なのに。馬鹿げている。

だから、自分にとって式というのは、「叱られない様に、学校の為にきちんと決められた通りに動くセレモニー」でしかなく、自分をお祝いする行事だなんて全く感じられなかった。


親になって初めて、式で感動する事になった。
「無事にここまで来たなあ。」という安堵感、色々な思い出があふれて涙がでる。
(そんな時、こんな感動も味わえない、思い出も無い、関心を持たない夫が愚かに思えた。)

子の小学校の卒業式で、最後に教室で担任とお別れの会をした際の事だった。

先生が「クラス全員が揃って卒業できるということは、当たり前と思われがちですが、当たり前ではないんです。とても素晴らしい事です。」と言いながら泣き出した。

30代の男性の、感じの良い先生だった。

その時、先生の目の前の一番前に座っていた子どもさんが、一緒に泣き出した。

その子どもさんは、不登校で辛い日々を過ごした子どもさんだった。

担任の先生やクラスメイトがいつも気にかけていて、「卒業式に一緒にでられたらいいね」と声かけをしていた。

先生は、その子どもさんが皆と一緒に卒業式に出席できれば、それが自信となって、その子の未来が開くきっかけになるのではないかと期待していた。

「全員一緒に式の日を迎えさせたい」と心から願っていた様だ。

ストレスにならない様配慮し、強制する事もなくひたすら祈っておられたという。


その子が自発的に式に出席した事は、クラス全員にとっても、とても嬉しい事だった。

不登校は、虐めとかが原因では無く、心因的体調不良と聞いていた。
学校に行きたいのに身体がいう事を聞いてくれないと辛い日々を過ごしていたと。本人も親御さんも悩まれた事だろう。
今なら、医療の発達で正確な身体的な何か原因が見つかるかもしれないが、当時は全てが心因性と決めつけられていたと思う。

担任がいつも子供達に彼の事を忘れない様、いつでも友達であることを忘れない様、声かけしていた。

クラス内はいつでも温かく迎える雰囲気になっていた。

人間的に素晴らしい先生だったと思う。それがクラスの雰囲気に良い影響を与え、とても良いクラスだった。


卒業式のそのシーンは、今でも忘れられない。先生も彼も、クラスメイトも父兄も皆泣いていた。


「当たり前だと思っている事、それは当たり前じゃないんだよ。凄い事なんだよ。生きてるって素晴らしい事なんだよ」と言う言葉が、この時私の子どもの心にも刻まれている。

今でもその先生に出会えてよかったと親子で話している。


自分の子どもの時に比べれば、式への思いは変わった。

式に参加するたび、素晴らしい体験をさせてもらってきた。

主役の子ども達を心からお祝いしたい。そして子育てを頑張る親御さんにもエールを送りたい。


                             

いつも夫の愚痴ばかり書いていると、吐き出してすっきりする反面、気が滅入る。

なるべく他の楽しい話題を書こうと思っているが、そう毎日楽しい出来事は無いし…。

友達が沢山いる学生とか、正社員でバリバリ働いて高給取りだとか、毎日お友達とランチしてお買い物三昧セレブとか、海外旅行が趣味だとか、そういう生活なら、楽しい話題はいくらでも書けるんだろうな。

独身時代にほんの少しそういう時期もあったが、全てはこれまでの自分の生き方の結果だ。

自分は本来1人でいるのが好きなタイプ。

人と接する事は好きなのだが、深くべったりな付き合いは疲れてしまう。でも友達がいないのは寂しいという我儘。
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自分が情けない。今振り返っても自分には何の取柄も無いし、何も残っていないし、何も成し遂げてない。夫と出会わなければもっと違う自分になっていたのだろうか。何の為に結婚したのかと自分にイラついている。


成し遂げた事は、子どもを育てた事だけだ。誰でもやっている事。


などとため息をついていると、子ども達からSOSが入る。

「来週の〇曜日、時間ある?」「〇月〇日、車で送ってほしいんだけど」「探してほしい物がある」などなど、頼んでくる。

頼りにされているのか、甘えているのか。
それでも、困った時に素直に相談してくれるのは安心する。

以前、子自身のストレスが身体の異変として現れた時もすぐに話してくれた。

普段は放任なのだが、弱った時は、全力で助けようと思っている。(お金以外で?)

とりあえず、これだけは自分の存在が認められる様で有り難い。

子育てが大変な時は「早く自立して私を開放して~!早く1人になりたいよ~」と心の中で思っていた。

いざ手がかからなくなるとホッとする反面、これからの自分はどう生きていこうかなどと考えて不安になってくる。

ずっと待っていたはずの~子に頼らない1人の生活。夫の存在は頭に無し (笑)。経済的な問題も考えなくてはいけない。

夫は夫で自分勝手な老後計画をたてているんだろうな。当然その中に妻子の存在を入れ、自分の言いなりにさせる事が前提で。それは妄想というものだ。(笑)

まず体調と気力が大事。自分を取り戻す心の旅~の準備を始めよう。


                             

夫からの宅配便が届いた。

思ったよりも小さい箱だ。受け取ってすぐに玄関で開封する。

部屋の中で開けたくない。
おそらく夫の部屋の臭いだろう。開けた瞬間に臭う。臭いが中の物にも染みついている。


それだけでなく、物がいつもべたべたしていて汚れている。
「プレゼント」と言っても包装されてはいない。むき出しで無造作に入っている。

夫は部屋を不潔にしているだろう。車も会社の机も。同居していた時も、驚くほど整理ができず、どこもゴミまみれだった。

私あての大事な書類も、何か汁で汚した物を送ってきた。

だから、いくらプレゼントだと言われても嫌がらせなのか?と思うほど。
お前らは、これで充分だろうと言われている気がする。

玄関で開けてみると、やっぱりゴミみたいな物だった。(本当にゴミが入っていた事もあった。)
荷物の送り方ひとつにしても、性格がわかる。性格というより、思いやりがあるかどうか。
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老人が着た様な古着のジャンバーが入っていた。またこれも薄汚れている。

タグもないし、包装もしていないし、ぽいっと段ボールに入っていた。

臭うし、これを誰にプレゼントだというのか。

若い今時の子にこんな物を押し付けてお礼を言わせるとは。


考えられるのは、舅が沢山買って着ていないおさがりを夫に送ったのだろう。

姑が浪費家で買い物依存症だった。部屋に積み上げられてカビまではえるほど、買い物した物であふれていた。その処分品なのかもしれない。だとしたらだいぶ前の物だろう。

夫には地味で好みでなかったから「捨てるのももったいないから子どもにやろう、感謝させれば一石二鳥だ」とでも思ったのだろう。
いつもの事だ。何回訴えても繰り返す。


夫は、自分にはお金を使う。欲しい物があれば借金してでも買う。

でも、家族には「人から貰った」と嘘をつく。
そしてわざと古い靴を履いてきたりして、我慢している風に見せる。


また、ゴミが増えた。夫は捨てていないかと後からチェックを入れてくる。(お金の事では無視するのに。)

でももう気にしない。処分する。どうせ夫は今後数年は帰宅せず、そんなに会う事も無いだろう。

これからは、家族に嫌われて困るのは夫の方だと思う。いつまで働けるかわからないし、自宅は逃げ場にキープしているつもりだろうが、そうはいかない。


こういう事に送料を使い、無意味な事をしているって、いい加減気が付いてほしい。


                             

続き

3年前なので、実は細かい事は忘れてしまっている。

目を閉じて、緊張しているので、何をされているかはその時の想像なのだ。

多分、こうだったよねみたいな記憶だが、まず、舌の患部に麻酔の為の麻酔を塗布されたと思う。


しびれてきたら、舌に麻酔の注射をうたれる。

恐くて目を閉じて身体に力が入っているのがわかる。

レーザーでちょんちょんと触って居る様な気がした。そして縫合。


麻痺しているので、良くわからない。でも、ほんの5分位だった気がする。


焦げ臭い臭いがする。


え?もう終わり?簡単すぎない?という感想。それだけたいした事のないできものだったという事。

舌癌だったら、とんでもなく大変な手術で、こんな事で不安だなんだと言う事自体が甘い話。


それでも、体験したからわかること。他の人は、同じ様な切除でも、もっと大変な事になっていたけどな。


医師で違うのか。

抗生物質と痛み止めを貰い、料金はなんと1500円位だった。何かの間違いではないかと思った。

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麻酔がきれても痛みもなく、食事も普通にとれた。舌をみると数針縫ってある。できものだけでなく少し広めに切ったとのこと。


その後も歯の治療と同時に消毒や抜糸をした記憶があるが、親知らずの方がよっぽど大変だった。


どうってことはない。もし、口の中に気になるできものができたら、不安にならずにまず歯科に行く事をおすすめする。

ただ、舌の一部をほんの少しだが切ったわけで、その部分の軽い痛みや話す時に違和感はある。


数ミリでもこうなのだから、舌癌で舌の半分でも切除すれば、どれだけ不便になることだろうと想像する。

そして医師でやり方も費用も違うという事もわかった。

堀ちえみさんのブログで、舌癌になるとこうなるのだと参考にさせてもらっている。明日は我が身だと思って。

でも、絶対に今は生きて居たい。夫よりも長く生きてやるぞ。


と思っていたら、例の宅配が届いた。




                             

堀ちえみさんの病気がきっかけで、自分も舌癌ではないかと病院に行く人が増えたそう。

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早期発見が大切なので、関心を持つ事は大事だと思う。

私も過去に舌のできものを取った事があり、その後も違和感がたまにあるので気にしていた。


舌のできものは、痛みで気が付いた。鏡を見ると舌の横に白い小さいできものがあった。

その場所は数日前に強く噛んでいた事を思い出した。普段から噛みやすい場所だった。

口内炎では無い、炎症を起こしている感じではない。

調べてみると乳頭腫かもしれないと思ったが、歯の治療のついでに歯科で見てもらう事にした。


歯より先に舌を看てほしくて、話したのだが、医師はちらっと見ただけで、歯の治療を先にし始めた。

堀さんの場合もそうだったが、歯科では舌の病気について苦手意識があるのだろうか。

すぐに舌癌を疑って調べる様な反応は無かった。


この機会に口の中を全て診てもらおうと思っていた。
1本目の歯の治療が終わった時、再び医師に訴えてみた。

「先に舌を看てほしい。切除できるならとってほしい。違和感があるので。」と話した。

歯科医師はにこやかに受け入れてくれ、(内心は厄介だなと思われたかも)患部を触ったり、良く観察してくれた。
触ってしこりがないか、痛みを感じないかなどを診てくれているのだろうと思った。

そして「これはただのできものですね。いぼみたいな物です。取らなくても大丈夫ですが、ご希望なので切除しますね。多分取っても、またできると思います。もし更に悪化する様な事になったら次は大学病院で検査するという事になるでしょう」と言われた。


悪い物ではないと言われて、安心した。

切除する時~痛いのだろうか?後は食事はできるのだろうか?縫うのだろうか?費用は高いのか?など、不安になった。

ブログで体験談を読むと、結構大変だった、とか2~3万かかったなどと書いてあったから。


でも、舌のできものを気にしながら生活するのは嫌だったので、レーザーで切除してもらう事にした。

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夫から子どもにラインが来た様だ。


「プレゼントを送ったから」という文面。送り先は私らしい。

中身は子どもあてだとか。私には何も言ってきていない。要するに私に勝手に盗られない様に、という事か?最初から子ども宛に送ればいいのに。何かまたつまらぬパフォーマンスだろう。

届いていないので、まだ中身はわからないが、子どもは先にお礼を言った様だ。というか言わざるをえないだろう。


また自己満足の為の騙しではないか、また嫌な思いをさせられるのではないかと嫌な予感がする。


夫は、お店で自分でお金をだして人にプレゼントをしない。

上司への贈り物も、親族に対しても、お世話になった人に対しても。ケチなのだ。自分には浪費するが人に対してはとことんケチだ。家族を養うお金をケチるんだから当たり前か。


なのに、プレゼントを送ったぞ。どうだ。とお礼と見返りを要求する。迷惑だからやめてほしい。

これまで送ってきたのは、ゴミ同然の物だった。泥のついた古着❔作業着みたいなジャージ。それを誕生日プレゼントとして送ってきた。


夫は、自分には新品の服を沢山買って、自分が着なくなったボロ服を子どもに送ってくるのだ。

それを、今回みたいに「プレゼントを送ったぞ。」と言って、お礼を言わせる。品を見てこれは酷いでしょうと私が言うと、私の嫌がらせだと、悪人扱いする。

同じ事を自分がされたら、どんなに文句を言うだろうか。こういう行動に、自分は特別、他者は自分以下。特に妻子は自分より貧困であるべきだという差別意識がでる。
自分のお古に文句つけるなんて、贅沢だ。だから自分はこんな妻子の犠牲なのだという作り話で自己弁護する。

そこまでしてケチりたいのか、そんな事を考える暇があったら働けと言いたくなる。
いつか絶対に自業自得な目にあってほしい。


人の気持ちも自分の都合よく想像している。

ケチなのに送料は使う。ゴミを送るだけなのに。自分の為には浪費する。

「物を大事にしている自分」「きちんと贈り物をする義理堅い優しい自分」を演じてうっとりしているのだ。


私の実家にも贈り物をしてくる時があるが、一度も夫が買って送った物はない。
心がこもっていないから失礼な感じしか伝わらない。

包装していないし、仕事先から貰った処分品、パチンコの景品などをお中元などとして送り、相手からお礼やお返しを受け取り、満足している。


いつも同じなので、相手にはばれている。でも、受け取った方はお礼は言わないといけないし、お返しする人は迷惑な事だろう。恥かしくて申し訳ない。


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もう何も送ってほしくない。

物がまたゴミであっても、お礼は子に先に言わせているから夫は満足する。

私に連絡してから送れば、私がまたこんな物をと呆れて、お礼を言わない可能性がある、だからそうさせない様に、とにかく子供にお礼を言わせたかった、良い父親アピールだろう。


普通じゃない。普通に自然体で常識的に行動できないものか。
考える事ややる事がいちいちおかしい。人には「普通は」「常識が」と説教ばかり。

夫は、子どもの成長に関心も持っていない。

寂しい思いをどんどんさせて、悲しませれば、自分の価値があがると思っている。
自分が親にされた事よりもっと酷い事をやるのが快感みたいだ。親に復讐すべきなのを子どもにしている。

そして子どもは幼児のままだと思っていて、騙せると思っている。

夫だけが、時間が何年も止まったままだ。

自分のした事は都合よくカットされ、美化される。

一番犠牲になり辛い思いをしたのは子どもだ。どれだけ父親に足を引っ張られたか。


今後、子どもに保証人を頼んだり、老後の世話を見てもらうつもりかもしれない。妻はもう騙せないと諦め、次は子ども達を利用するしか頭に無いのだろう。


相続人として縁がきれない子ども達が利用されない様に私が守らないと。

荷物は今日届くだろう。

荷物一つにしても、悪いパワーに毒されてしまう気がする。何をしても人を不快にさせる人格と関わるのは本当に避けた方が良い。私の人生悔いだらけだ。





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