りんごの嘆き

気が付けば人生の後半もだいぶ過ぎた。主婦りんごは嘆いてばかり。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わろう。

T美が亡くなったという文章を見た時のショックは今でも忘れない。

どうして?なんで?そう言えば筆まめなT美から、最近は連絡が来てなかったなあ、具合が悪かったのだろうか。でも、急過ぎるよ…と納得いかない気持ちが込み上げた。

すぐにご主人に電話をした。

話した事もないご主人だ。自宅に電話するのも初めてだったが、何のためらいもなく、気がついたら電話していた。

自己紹介をしてから、葉書を見て驚いた事を伝えた。

ご主人の知らないT美の友人からの電話が初めてだったようで、少し戸惑っておられた。

話を始めていくと涙がこぼれ落ちてきて止まらなくなり、声も震えてまともに喋れなくなってしまった。

号泣とはこういう状態を言うんだろうなと思ったが、止められず、ご主人を更に困らせてしまった


泣き出したまま止まらない私に戸惑いながら、T美のご主人はゆっくり話してくれた。

「乳がん治療後は、元気で過ごしていたんですよ。それが、昨年の3月に朝突然おかしな事を口走って、視線も合わず、あ、これはおかしいとすぐに病院に連れて行ったんです。」

「癌の再発で…脳腫瘍でした」

神様はどうしてこんな意地悪をするんだろう。

T美ほど良い妻、母、自己磨きも頑張ってて、心の綺麗な友人はいなかった。見習いたいといつも思っていた。

子どもさんもまだこれからなのに、これからもっと幸せな人生が待っていたはずなのに。

誠実な良いご主人にも恵まれていたのに、どうしてこんな良い人達が苦しまないといけないんだろう、と悔しくて仕方がなかった。


自己愛君を思うと余計に理不尽さを感じた。
あんな自分優先な人が、気楽に我儘に暮らしていて、真面目に誠実に頑張っている人がこんな辛い目にあうなんておかしいよ。

手術はせず、自宅療養をしていたそうだ。もう手遅れだったのか。

ご主人が言うには、「様子がおかしくなったあの日から、もう彼女は別人になっていました。」との事だった。

それが、最後まで家族の心残りになったという。


        
思った事!☆いつ突然のお別れが、どんな形で訪れるのかわからない、誰の身にも起こり得る。一日を大事に家族を愛しんで過ごそう。
 悲しい時は自然に任せて泣く。無理しないで素直に悲しむ。

学生時代に知り合ったT美は、裏表のないしっかりした人だった。

お互いのアパートを行き来したり、徹夜で話し込んだり、何か通じるものがある親友だった。

卒業後、T美は、私とは離れた土地で暮らしていたので、当時は手紙のやりとりでお互いの近況を報告しあっていた。
と言っても、頻繁ではなく、年賀状や何かお祝い事などがあった時位だ。

何も語らずとも、いつも私の幸せを祈ってくれているのが伝わる…そんな大事な友人だった。

活発で元気なイメージの彼女が、流産をして、鬱になっていたと手紙がきたことがあった。
その頃私も夫の事で悩んでいた。でも、何も言わず、お互いに励まし合った。

その後、彼女は3人の子どもに恵まれて、幸せな生活を過ごしている様だった。

私が一番下の子を出産した直後、彼女から手紙がきた。

「乳がんになってしまい、手術の後のリハビリで長い入院生活を過ごしている」との事だった。

生まれたばかりの子に母乳を与えている時だった私は、T美には出産の事は言えなかった。

T美は、末っ子がまだ3歳で、上の子どもさんも母親に甘えたい盛りなのに、「家族から離れて遠い町の癌センターに2か月ほどいなくちゃいけない」のが辛そうだった。

T美はまめに手紙を送ってくれた。けっして愚痴らず、前向きで、病院生活を楽しんでいると書いてあった。
どれだけ辛いか、不安か、想像もできないほどだったが、T美は立派だった。

もし自分が同じ立場になったらと考えてみると、恐怖だった。
まず、子どもを夫に任せられるのか?そこからして無理な話だった。

その点、T美は実家も近く、ご主人も誠実で安心して任せていたようで、安心だった。

しばらくして、退院したと連絡がきて、ホッとした。

「無理はしないでのんびりしている。勉強したい事が見つかり、好きな事をぼちぼちやってるよ」といつものT美に戻っていた。

そこで初めて私は出産した事を話した。高齢出産だったが無事生まれて良かったねと素直に喜んでくれた。心から喜んでくれたT美の人間性に感動した。

翌年、彼女のお父さんが亡くなったと、喪中の葉書が届いた。

彼女の病気に加え、お父さんもご病気だったのか、それなのに何も言わず、明るくふるまっていたT美の事がふと心配になった。

T美のお父さんの喪中葉書が届いた頃、我が家は、自己愛君に振り回され余裕のない不安な生活をしていた。

私は自分の家庭の事で精一杯で、T美とはなかなか連絡を取れなかった。
おそらく、のんびりマイペースで元気にやっているだろう、ご主人も優しいし、と心配はしていなかった。


その1年後、今度はT美のご主人から喪中葉書が届いた。

「えっ?なぜご主人から?」

嫌な予感がして、ドキドキしながら葉書を覗き込んだ。

そこには、「春にT美が亡くなった」と書いてあった。


  思った事!私がT美の立場だったら、こんなに大人でいられただろうか。自分の未熟さを思い知る。
☆大好きな人との別れほど辛いものはない。もっとT美と会って置けばよかったと思う。

友人の中にも、色々苦労している人はいるのだが、
大学時代の仲良しだった仲間の近況を耳にすると、その中では私だけが普通ではない結婚生活をしている気がする。皆、自分だけが…と思うものなのかもしれないが。

彼女達は最初からタイプ的に、自己愛君みたいな人とは付き合わないだろう。

どんなに気をつけたつもりでも、似たような人を引き寄せてしまう何かがあると自分を見ていて思う。

親友のT美は、表裏の無い性格で、言いたい事をはっきり言い、勉強熱心な女性だった。

私は彼女の性格に憧れていた。

仕事をしながら大学院にも行っていた。ボーイッシュなタイプで恋人がいた事はなかった。

「恋愛に興味がないわ。きっと私は一生結婚しないと思う」と言っていた。


そのT美が、30歳を過ぎて結婚した。
お似合いな夫婦で、ラブラブな結婚だった。
一番結婚に興味が無かった彼女が、誰よりも幸せな結婚をしたなと思い、感激した。


焦らなくたって、望まなくたって、いつでも良い相手が見つかるし、幸せな結婚ができるんだとT美を見て思った。

彼女の人柄と魅力の賜物だろう。私の性格なら、そうはいかないのだ。

結局、自分の責任という事だ。

「結婚は賭け」とよく耳にするが、相手と自分の未来を見極めるのは難しい。体験しないとわからないものだ。

でも、直観的に自分で失敗する相手を選んでしまうなら、自分に何か問題があるのだろうか。

ならば、どうすれば良かったのだろう。と考えても答えはでない。もう過去はかえられない。

そのT美は、誰が見ても幸せな結婚だった。そのはずだった。


神様は意地悪だ。今でもそう思う。

T美の結婚生活はどうなったのか、記憶を辿っていく事にする。


自分に言いたい事!☆賭ける気分で結婚してはいけない。少しでも相手に違和感あったなら、目をそらさず、勇気をだして考え直すべきだ。誰かに相談してみるのも良かったかもしれない。もっと自分に自信を持つべきだった。


 
 

3年前位に別居先の夫から慌てた様子で
「社長から郵便がくると思うから、受け取り拒否してくれ」と電話がきたことがあった。

配達がいつくるかもわからないし、子どもしかいない時に来たらそんな事させられない。

トラブルには関わりたくなかった。家族を巻き込む夫はあいかわらずで、本人は全く自分に原因は無いと言い、被害者の立場を強調する。何があったかは言わずに。

社長は本人が自宅にいるわけないとわかった上で(会社で会っているのだから)あえて私が見る様に、郵便を送るのだろう。

それを何もしらないはずの私が受け取り拒否したら、夫が手をまわして私にそうさせたのが見え見えだなのだが。

受け取ってもいいじゃないと言ったのだが、おそらく内容を私に知られたくないのだろう。

私に何か知らせたい社長、その内容を私に絶対知られたくない。

何が書いてあるのか聞いても「社長は僕に嫉妬しているんだ。僕に嫌がらせしても堪えないから、家族への嫌がらせまで始めたんだよ。そういう人なんだよ。」と言うだけだった。

とにかく、子どもが受け取らない様にしたいと思った。

運よく、私が在宅時にその郵便は届いた。

「郵便の受け取り拒否」なんて初めてで、どきどきし、配達のお兄さんにも恥ずかしい気持ちだった。

ーーー受け取り拒否をした時の様子ーーーー

  書留だったので、郵便配達人がドアの前で手渡しする。差出人を確認し、「受け取り拒否をしたいのですが」と告げた。

  「受け取り拒否します。という文と氏名を書いてください」と言われ、ペンを渡された。封筒の表、(宛名の左横の位置)に書いて渡した。


もうああいう事は嫌だ、二度としたくないと思った体験だった。
受け取り拒否は、された方も嫌な気分になるはずだ。

父が相続の事で送った手紙を受け取り拒否された時、初めての体験で、ショックを受けていた。

相手方からの冷ややかな拒絶反応、そんなダメージを受ける。

何か悪徳商法みたいな物ならわかるが、個人対個人でこういう事は避けれるものなら避けたいと思う。

しかも今回は、家族には全く関係のない、夫が起こしたトラブルに家族は巻き込まれたのだ。

こういう迷惑な事はこれまでも何回もあった。

転職するたびに、相手が変わってもトラブルというのは、自己愛の強さからくる夫に原因があり、夫が反省し変わらない限り、また巻き込まれる事だろう。
それも不安の一つ。

家族を守るべき立場なのに、逆の事をしているとは~悲しい。


☆☆☆受け取り拒否の仕方☆☆☆

●郵便物の表に「受け取り拒否します、」と書いて押印かサインを書けばよい。
中にはそれ用の用紙に印鑑を押す形式もあるようだ。宛名の本人でなくても、家族なら代理でできるようである。
●書留などではなく、普通郵便の様な自宅ポストに入っていた様な物も、受け取り拒否の文と印かサインを書いて(紙に書いて貼ってもよい)、郵便ポストに投函するか、郵便局員に渡せばよいそうだ。

●注意!! 一度受領印をおしたり、開封したものは拒否できなくなるので、気を付けよう。

子どもは、「別れた夫の相続人」であることから逃げられないという現実にぶちあたった友人がいる。

どこのお宅でも一見順調そうに見えても、何かしら悩みはあるもので。

友人Bさんは、息子さんが小学生の時に離婚した。

旦那さんの浮気と暴力に悩んだBさん。


浮気相手の女性が家に押しかけ、包丁を振り回された事もあり、着の身着のままで子どもと一緒に車で遠くに逃げ、そのまま離婚した。

ホッとしたのもつかの間、今度は別れた旦那さんが事件を起こして逮捕されたのだ。

身元引受人として、警察からBさん宅に電話がきたそうだ。

それも息子さんあてに。

別れた旦那さんの一番近い親族は、別れたBさんではなく、息子さんになる。

離婚してから時が過ぎ、子どもさんも成長し、やっと平穏に暮らしを始めたところだった。

Bさんは、せっかく縁が切れて忘れる事ができると思っていたし、トラブルから子どもを守りたい一心だったのに、別れてもこんな形でまた関わるなんて…とショックだったそう。

”夫と自分は他人になったけど、子どもは死ぬまで親から逃れられないのだ”と思い知らされたという。

財産相続など良い事で縁があるなら良いが、借金、賠償金、犯罪、孤独死など悪い事の始末が相続人であるが為に逃れられないのはつらい。

相続は放棄できるが、忘れた頃に連絡がきて、子どもが嫌な思いをするのも困る。

Bさんの場合、相続ではなく、親の犯罪に巻き込ませてしまった。
犯罪者の子どもになってしまった。自分の意志ではどうすることもできない。

母親なのに、守れない辛さ。

彼女は、息子さんの負担を少しでも軽くしようと、自分が率先して警察に行き、動いた。
こんな男と結婚した自分の責任だし、子どもに申し訳ないと。

旦那さんはその後も犯罪を繰り返した。
その都度、Bさんが警察に出向いた。

片親の生活の場合、ぶつける相手のいない子どものストレスもすべて親一人で受け止めなければならない。例え、もう一人の親が原因であっても。

親の責任であるのだから、しっかり受け止めないといけないのだが、私も同様で時には心が折れそうになる。


憶えておきたい☆子どもは夫の相続人であることから逃れられない。縁を切ってもいつかは関わる事があるかもしれない。自分が守れる間は頑張りたい。

あけましておめでとうございます。

どうか今年は、少しでも何かが改善しますように。

よろしくお願いします。

友人に挨拶メールをしたら、年末にお母さんがお風呂で亡くなっておられたと聞いて驚いた。


介護の必要な1人暮らしのお母さんを、友人は時々訪ねてはお世話していた。

年末に帰省して、風呂場で冷たくなったお母さんを発見したそうだ。


お風呂はデイサービスでしか入らない事にしていたはずなのに、なぜかお風呂に入ろうとしておられたそう。

裸のままで冷たくなっておられ、友人は可哀想だと毛布をかけてから救急車を呼んだ。

孤独死は必ず警察が調べに来る。

友人はただでさえショックな中、警察の対応が冷たくそれをきっかけに鬱状態になった。

毛布をかけた事をきつく叱責されたらしい。


警察よ!そんな事言ったって、それは仕方のない事だろう!私だってそうする。裸の母親を色んな人に見せたくないし、真冬の寒い場所で可哀想だと思うのは当然だし、そうしない方がむしろおかしい位だ。

毛布をかけただけで、身体をいじったわけではない。

なのに、「亡くなった時刻がわからなくなるのに余計な事を!」と言われたそうだ。

遺族にとっては初めての事。しかもショッキングな事。

そんな専門的な事わからないし、そんな冷静になれるわけがない。


最近、周りにこういう事が連続している。


私の伯母もトイレで倒れていた。

孤独死、突然死をよく耳にする。


私の親もいつどうなるか、いや私だっていつどうなるか。

普通に正月を迎えられるという事がどんなに幸せか、噛みしめた。


 
 憶えておきたい事☆高齢者のお風呂には気を配る。もし孤独死を発見したら、むやみにいじらず、毛布も掛けたりしない方がよいらしい。

子どもが3歳の頃の話を成長した今になって吐き出してくる事がある。

父親と二人で、車で県外の友人宅に行った時の話。

そこは農家で広い敷地内に家があったという。

長い時間の運転で、子どもは寝込んでいた。


子どもが言うには、「目が覚めたら全く知らない所に車が置いてあり、お父さんがいなくなっていた。」


「お父さんを探そうと、車から降りて泣きながら知らない道を歩いた。」


「しばらく行くと、作業中のおじさんが数人いたから、お父さんを知りませんか?と聞いた。」


「知らないね~と言われ途方にくれていたら、自分の名前を呼ぶ声がして、振り返るとお父さんが立っていた。」

父親は焦った様子もなく、「何しているんだ、だめじゃないか」と言いながらニヤニヤしていたという。

自分が叱られた理不尽さと、「絶対にお母さんに言うな」と言われ、誰かに話したい気持ちをぐっとこらえた。

まだ3歳で幼なかった子どもの心は、それがトラウマになってしまったようだ。

この時の子どもの気持ちを想像すると、今でも私は胸が苦しくなる。

これが夜だったら、近くに池や川、崖があったら。想像するとぞっとする。
先日からの行方不明の3歳のお子さんと同じ状況だ。


夫が(どれ位の時間の話なのかわからないのだが)眠っていた子供を車に置いて、車から離れた場所の友人宅に行ったことは事実だ。


子どもがいなくなり、親なら普通なら真っ青な顔で慌てるだろう。が、彼はニヤニヤしていたという。

もし、その時子どもが事故にあっていたら、どう言い訳したのだろう。反省したり、自分を責めたり、子どもに謝っただろうか。

私に内緒にしろと子どもに言う事自体、悪いことをした自覚はあったのだろうか。


私は夫に確かめた。すると「あー。あの事ね。大したことないよ。」で流されてしまった。
自分をかばう為には子どもを嘘つきにする人だ。


高速道路で子どもを乗せて、居眠り運転した事も内緒にしていた。

後続車に通報され、警察に指導された事も、幼かった子どもははっきり記憶していた。
 

当時思った事☆これ以降、夫と子どもだけで外出させるのは避ける。全く反省する様子もなく、繰り返す人もいる事がわかった。相手は変わらない。子どもたちは自分で守るしかないのだ。

私は一応大卒だが、何の役にもたたず、国家資格も取っていない為、キャリアを積む事もなく、結婚してからは引っ越しするたび、パートで色んな仕事をした。後に資格を取り、その資格を活かした仕事が一番長く続いている。

結婚した当時、子供をちょっと頼める実家も遠く、頼れる人もいない土地、おまけに夫は家族を捨てて遠くへ行った。

だから、バリバリ正社員で働く事はできなかった。
更に夫は私に自分で稼げと言い、経済的DVを始めた。

子供達が交代で熱をだしたり、学校行事への参加、おまけに自分まで体調不良になるし、苦しめば苦しむほど、自己愛の強い夫を恨めしく思った。


夫が気まぐれに帰ってくる度、ストレスで私は具合が悪くなっていた。


私が新卒で就職した時代は、まだ日本が元気で夢のある時で、東京タワーが目の前に見えるオフィスで夜遅くまで残業したり、上司に銀座に飲みに連れていってもらったり、会社の社員用別荘に旅行に行ったり、派手に楽しく過ごしていた。

あの頃も、就職難ではあったが、今よりもずっと労働者は大切にされていたと思う。

いつも思う。あの時に戻ってやり直したい。

結婚なんかしないで、そのまま仕事を続けたら良かったと。

そうすれば、そうだったら…といつも現実逃避したくなる。夫は簡単に逃避したが、私はできない。
親の責任がある。子どもたちを守らないといけない。

そこをあてにして、夫は逃げたはずだ。モラハラとはそういうもの。

モラルを守ろうとする人の気持ちに付け込むのが、モラルハラスメントだから。

しかも「自分の思いたい様に思い込む」癖がある限り、夫の生き方は変わらないだろう。
全て悪いのは相手、世の中だ。と言い続けて。

夫にお金を貸したままの親の為に、自分と子供の為に、今日も頑張って生きなくては。いつか、きっと結果がでると信じる。人生は因果応報だと思っている。


 過去の自分に言いたい事!☆やりたい事をやめてまで、結婚する事はない。後悔するくらいならとことんやってからでも遅くない。結婚を焦るな。結婚しても仕事は続けた方が良い。いつでも自立して生きていけるように。

相談後、Aさんは、すぐに調停を申請し、約半年かかって離婚にこぎつけた。

調停委員は二人、男性と女性。50~60代だったそうだ。

聞いていた通り、男性の調停委員は、DVを知らないのか理解を示さず、

「あなたに原因があるんじゃないの?」とか、旦那さんの嘘や言い訳を信じ、

「そういう事を言うから旦那さんがそうなるんじゃないの?」という言葉をAさんに投げかけ、旦那さんの言い分を聞く様に説教される時もあったようだ。
なかなか話が進まず、Aさんの旦那さんは自己弁護に走り、DVも相手に原因があると相手のせいにしていた。

Aさんの旦那さんは、出産で里帰りしていた間の不貞もあった。
それについてはAさんが証拠を持っていたので、DVより、不貞を理由にした方が話が早く進んだようだ。

しかし、AさんはDVを理由に離婚したかったようだ。

役所に配置してあるDVについてのチラシを調停に持参し、男性の調停委員に見せたところ、そこから少し態度が変わったらしい。

女性の委員の方が何かとかばってくれ、話をよく聞いてくれ、優しかったのが救われたとの事だった。

結果的に、慰謝料がもらえ、希望より少なかったが、養育費ももらえる結果となった。

最後の日には、公正証書できちんと書類を作成してもらえた為、旦那さんは、今のところきちんと払っているそうだ。


心の準備はできていたものの、やはりDV被害者を責めるような男性調停委員の無神経な言葉はAさんの不安を煽り、心を傷つけた。

すべてが終わってから、家裁の苦情受付に、素直な感想を話したそうだ。
男性調停員から言われた無神経な言葉、DVの事を知らなかった事、などを伝えたと言う。

すると「それは申し訳ない事をしました。途中からでも申し出てくださったら、調停委員を代える事もできたのですが。」と家裁の職員から謝られたという。

これは情報として知っておいた方が良い。
調停員にも色んな方がおられるから。

結果がまあまあ納得いけたから良かったのだが、こういう事もある事を覚悟しなきゃいけないんだなと勉強になった。


調停をする様な相手と出会わないのが一番ベストなのだけど。


 知っておきたい!調停で、調停員に納得のいかない対応をされたら、裁判所に相談してみよう。

Aさんは、相談員さんから

「DVからは逃げた方が良いです。実家に帰られて正解でしたね。」

と言われていた。


問題は相手がすんなり離婚に応じるかどうかだった。


子供もいるので、経済的な事も決めなくてはいけない。


調停にする話になり、相談員さんが心配していた事は

「調停委員にも色々いますからね。弁護士、公務員、銀行員など立派な肩書を持っていた人が多くて、頭が堅かったり、昔の考えを押し付けてきたり、DVを理解していない人がいますから。」

という事だった。



最近ではかなり世間に浸透してきたDVやモラハラという言葉。



亭主関白だった昔のお父さんたちは、一歩間違えるとDV男になっていたわけだ。



「以前、相談を受けた例ですが、調停委員が、DVに関して全く理解が無く、被害者に対して、あなたが悪いとか、あなたに原因があると言われ、DV夫の言い分ばかりを優先された人がいたんです。調停委員からも精神的DV受けた様なものです。こちらに泣きついてこられました。」

と相談員さんが教えてくれた。


「そうなったら、自分で弁護士をつけるしかないのでしょうか。」と私が聞いてみた。


「う~ん、それも弁護士さん次第ですね。我々もDVに詳しい被害者の立場にたつ弁護士を紹介したいのですが、今のところ、紹介できるような人はいないのです。DVで戦う為に依頼された弁護士が、依頼者が悪いと、逆に説得する様な人もいますからね。弁護士だからといって、必ずしもDV被害者に理解を示すとは限らない様です。本当に、世間はまだまだDVに理解がないんです。これはもうジェンダーの根深い問題と言えます。」

と言われ、驚いた。


「もし、調停で、辛い思いをしたり、調停委員に問題あると思ったら、こちらに相談にきてくださいね」との事だった。



☆これは、数年前の事であり、現在は改善されているかもしれないが、夫婦の言い分が違う場合、加害者の嘘が上手いと、被害者側の言い分を信じてもらう事が難しいのだろう。だから証拠や記録は大切なのだ。



 

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