りんごの嘆き

気が付けば人生の後半もだいぶ過ぎた。主婦りんごは嘆いてばかり。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わろう。

以前、体調を崩し、療養していた頃、故郷にいる友人からメールが来たので、「今体調が良くなくて…」様な内容を返信した。

色々心配してくれたのだが、最後に「早く元気にならなくちゃね。お母さんなんだからがんばらなくちゃね!」と励まされた。

励ましてくれる友人がいるのは、有り難い事で、友人も私の回復を願っての事だと頭では理解していた。

だが逆に、自分でも理解できない怒りに似た感情が残って、いつまでも消えなかった。


悪意も無い、良い友人だとわかっているけど、心は怒っていて、

「話さなきゃよかった。病気になったら母親として失格なのか?頑張っているじゃないか。頑張ったからこうなった。あなたも同じ目にあえばわかるのに」

といつまでも恨み言を心の中で呟いていた。ただでさえ、不安に押しつぶされ感情のコントロールができない時期だったからかもしれない。


こうやって、良かれと思ってかけたはずの励ましは、逆効果となり、傷だらけの心に塩をぬってしまう。

DV被害者が悪い訳では無いのに、「もう少し努力してみたら」とか「甘えじゃない?誰でも大変なのよ」とか「ご主人、大変ね。感謝しなくちゃね」とか「考えすぎよ」とかの励まし…残酷じゃないか。


話を聞いてもらって、心が軽くなる時もあるが、逆に後悔する時もある。

更に落ち込みがひどくなる。誰にも話せなくなる。
人の好意までも恨む自分を、何て嫌な人間なんだと更に自己嫌悪に陥る。

ほめてほしいんじゃない、慰めてくれなくてもいい。

聴いてもらえるだけでいい。


話の内容を信じてくれたらいい。信じたふりでもいい。という事だ。


大きな災害にあった友人に、別の友人が心配してメールをうった。


「避難中で、不安で一杯だ」という返事がきた。友人は、「しっかりしなくちゃね。がんばらなくちゃね」と励ましていた。よかれと思って誰でもそう言うだろう。

だが、相手はそんな事などとっくに自覚しているのだ。それでも不安なんだよ。遠くにいて何もできない人が言っても、それは他人事。

一緒にいて、一緒に被害にあっている者同士で、「頑張ろう」って励ます時だけが、一番気持ちに届くのだ。


相手の立場になって考えるって、難しい。

 

 教訓☆弱っている人には、余計な励ましはいらない。寄り添うだけでいい。

昨日は、知り合いの子供さんの運動会に呼ばれて、雲ひとつ無い青空の下、久しぶりに一日中太陽にあたってきた。


紫外線には要注意だけど、太陽の光には、人間を元気にしてくれる力がある。


疲れよりも爽快感が残った。
一生懸命走ったり、演舞する子供達をみていると、その純粋さに涙がでそうになった。


自分の子供たちの運動会は、父親不在だった。
夫は、おそらく小、中、高と一度も見たことはないだろう。


楽しみにしていたそぶりもなかったし、興味もなさそうだった。


当時は、私の親や知り合いの人が、わざわざ遠くから出てきて一緒に参加してくれた。賑やかに過ごせるようにと。

時には、私だけしか行けない時もあったが、いつも明るく、楽しくがモットーに過ごしていたので、それはそれで良い思い出にはなっている。


子供自身は、父親は仕事の都合で来られないと思っていたので、(別居する前から)気にしていなかっただろうが、一度もこないとなると、さすがに成長するにつれて、父親の冷たさに気が付いていたようだった。


運動会や、発表会は、親に見てもらいたくて、褒めてもらいたくて一生懸命練習する無邪気さを子供に感じる。だからこそ、見ていて涙がでる。

その晴れの日に、できるだけ親は参加して、例え失敗してもいっぱい褒めてあげたい、と思っていた。



仕事の都合や、家庭の事情で、どうして参加できない方もおられる。


いつも思う。皆が全て同じで当たり前では無い。でも学校とか世の中は、皆同じというのが前提で物事を決めていく。

昨日も、賑やかで楽しいお弁当の時間に、ふっと思った。誰も来られない子供さんがいるかもしれない。学校はどのようにその子供さんに対応しているのだろう。


誰か一人でも、親戚のおばさんでもいい、来てほしいよなあ。


そんな事を、昔からいつも思っている。


自分の子供が、夫からこんな目にあわされるとはまさか思ってもいなかった。他の事情のある家庭とは違い、出来る事をやらない自分勝手な父親であり、私はそれが腹がたつのだ。


運動会に行きたくても行けず、後ろめたい思いをされている親御さんがほとんどなのに、行ける時もわざと行けないように作為をする父親なんているのか、うちにはいるのだ。


夫は、子供の気持ちを想像できなかったのだろうか。


まだ、素直に後悔していたり、申し訳なさそうにしているならまだ救われるのに。


夫は、自分が傷つけた相手の気持ちを知っても、何にも感じない。ただ自分に不満を言ってくる嫌な奴と思うだけだ。その内容には心を向けない。

もし行動を改善するとすれば、相手を傷つけたという反省や後悔からではなく、自分に不満を言われるのが面倒臭いので、相手を黙らせる為である。



当時の自分が思っていた事☆親は子どもの気持ちを想像し、できるだけ明るく賑やかな家庭にしてあげたい。ひがんだり、すねたり、コンプレックスを持たせない様に、天真爛漫に育てたい。その為には自分がそうやってみせることだ。


 

”怒り”はパワーになるのだが、いつまでも貯めていくと、自己嫌悪に陥ったり、周りに八つ当たりしてしまったり、自分の表情や言動が悪くなってしまったりして、後悔することになりかねない。


ある心理学者によると、「怒りの感情は、決して悪者ではない」という。


”怒り”は、本来人間という生き物が、心身を守る為に必要な機能 らしい。


でなければ、敵からやられっぱなしになり、生きて行けなくなるのだとか。


ただ、感情をコントロールしないと人を傷つけてしまうわけで、怒りに支配されないように対処の仕方を学ぶことが大事。

その対処方法とは、…「まず6秒、ゆっくり数えてみる。」だそうだ。
 

6秒待てば、怒りのピークが収まり、衝動的な行動は抑えられるという。


もし、モラハラされ、とっさに怒りがわき、言い返しても相手の思うつぼになる。
話が通じず、更に怒りやストレスを増大させるという悪循環になってしまう事を考えると、6秒待ってその場を流すというのは良いかもしれない。


しかし、その後、その抑えた怒りの感情は長く続くわけだ。

それを開放する方法はないのだろうか。


それもある学者の勧めでは「文字にして書く」ことが効果的らしい。

まず日数をかけて冷静になる。落ち着いたら「起きた事実」「どう怒りを感じたか」を書き出す。
これを繰り返す事で、自分の感情が客観視でき、怒りの整理ができるとの事。

先日、あるテレビ番組で見たのだが、眠れない時は、ノートや紙に愚痴を書き出すといいらしい。
試しに、不眠気味の奥さんが実験していた。1週間、どんな些細な愚痴でも良いから、ノートに走り書きしてからベッドに入っていた。
すると、段々、朝まで熟睡できる様になっていた。

寝る前に愚痴を書くと、興奮して眠れなくなりそうな気もするが、不眠やイライラが続く時は試してみようと思う。

                     

自己愛の強い夫だが、感謝している部分もあり、楽しかった時(わずかな)の事を思い出すと、なんでこうなったのだろうと虚しくなる。


「さあこれから、一緒に頑張って家庭を築いて行こう!」と思っていたところで、勝手な方向に行かれてしまった感覚。
人生計画も気持ちも滅茶苦茶にされたまま、今日まできている。


こういう事をするなら、なぜ結婚をしたのだろう?


夫は、欲しい物はすぐ買う浪費家だが、買う事が好きなだけで、買った後は、封も開けずに放置する。

結婚も同じなのか。



結婚するまでは、ストーカー行為に近い事もされたし、泣かれたり、それほど自分を必要としてくれるのかと熱心な言葉に動かされ、結婚した。


決めた自分の責任だから、人のせいにしても仕方がない。


私にはそういう弱さ、見る目の無さがあるのだろう。若かったので、自分の親への反発もあったかもしれない。


結婚するまでは「自分が稼いで家族を幸せにしたい」「家族で旅行したい、夢が沢山ある」「家族だけは絶対守る」「仕事より、家族を取る」などなど…私が望んだ訳でもないのに、その言い方は凄かった。


結婚したとたん豹変。

もしかして、あんなに調子の良い嘘をついていたのは、本心を隠そうと意識しすぎてたからじゃないか。奴がにやけて違和感満載で話す事は、その内容の反対の事が本心なのかもしれない。


結婚してもしばらくは、そんな人とは思わず、若い時は分析もせず、私は何かいつも不安感が襲っていた。

その不安感は、夫がモラハラで家族を不安にさせていたのだ。と今になればわかる。


自分が望み、かなった夢も、現実化するとそれが嫌だと逃げる人だった。


色々様子を書いていく事で、なぜそうなのか、どう対応したらよいのかを自問自答している。

もう手遅れかもしれないけど。残りの人生、もう犠牲にはなりたくない。


自分に言いたい事!☆今気が付いた事は良い事だ。これからは相手に振り回されないぞ。不安感は打ち消す事。不安が一番打撃が強い。

結婚する前に違和感を感じた事もあった人となぜ結婚してしまったのだろうと、思う。

前にも書いたが、その当時の自分の精神状態が弱かったからだと思う。

そして、今のように、DVとかモラハラの言葉すら世の中に認知されていない時代。


単なる性格、個性、誰にでも欠点はある。自分にだってあるし、いちいちこだわっていたら誰ともつきあえなくなる。自分は我慢が足りないのかもしれない、相手の良いところをみていけばいいじゃないか。

結婚に対して、そういう考えで踏み切る事が美徳みたいに思っていた。


結婚前に喧嘩して、もう会わないと言った後でも、夫はいつも何事も無かった様に笑顔で接触してきた。

無視して避けていても、友人に私の居場所をうまく聞き出して、いきなり訪ねてきたり。

ある時は、職場からの帰り道に、待ち伏せされたりした。

自分への愛情がそれだけ強いのだと思ってしまった。

その誤解がいけなかった。


今だからわかるのだ。私に愛情があるふりをしていたが、そうではなくて、その時は、私しか利用できる人間がいなかっただけだと。

そして、そこからが自己愛の強い夫の特徴なのだが、「相手がなぜ怒っているのかわからないふり」をする。

「そんな事を怒っていたのか。なあんだ。僕がそんな事言ったっけ。覚えてないなあ。どうかしていたんだ。自分で自分が嫌になるよー。あの時は、仕事のストレスがたまっていて~」

みたいな調子の良い事を並べて、笑顔で上手にごまかす。

「もうそんな馬鹿な事しないよ。」と言うので、信じてしまう。

が、それは嘘で、再び同じことの繰り返し。

モラハラ、DVをする人は、サイクルがあって、相手を傷つけた後に必ずこういった甘い態度でごまかす為、被害者は沼にはまっていく。

   ☆DVのサイクル

蓄積期=ストレスを溜めている時期(相手が自分の思い通りにならなかったりしてピリピリと神経質になっている)⤵

爆発期=突然爆発し、ストレスを発散する。暴力をふるったり、自分の支配下に置くようコントロールする為に、恐怖心や無力感を植え付ける。⤵
   
安定期(ハネムーン期)=ストレスが発散され、安定する。謝ったり、プレゼントをしたり「もう二度としない」などと謝ったりする。再びストレスが蓄積され始め、次の蓄積期へと移行していく。⤵
繰り返し


結婚していなくても、独身同士のDVもある。

安定期の時に、もうやらないと反省する相手の態度に心が揺れ、自分も元々好きな気持ちがあることから、相手が変わる事に期待し、信じようとしてしまう。
それが被害者がDVから逃れられなくなる怖さなのだ。

相手にDVの気配を感じ、結婚を前にしてから人に相談しても、周りの目上の人達から「欠点を見ないで長所をみないと」とか「結婚は我慢して添い遂げるもの」といった一般的な考えを話される事が多い。

なかなか、相手の本質を見抜く事も、見抜く自信もないので、結局自分で自分を説得してしまう。

今なら、もし、似たような理由で、結婚や交際を迷う人がいたら、自分が納得するまで待った方がよいと言いたい。

直感的に、相手にぞっとするような恐怖感、違和感を感じたら、どんなに優しく、優秀な人でも、その不快感に悩む時がくる。それに耐えていく覚悟ができるかどうかだと思う。

「結婚したら、変わる」「子供が生まれたら変わる」、なんてありえない。人の本質はかわらない。


本人が、変わりたいと思って、努力すればいいかもしれない。が、いつかは爆発すると思う。
 

うちの自己愛の強い夫は、最初は謙虚で、フットワークが軽く、賢そうで、好青年にみえる。

夫としても、男性としても、誰からも優しい良い人に見られる。それも活かせば、営業に向いているかもしれない。


だからこそ、豹変した時のショックは大きい。
顧客に対しては、あまり本性を見せる事はないが、同じ組織の中で、深く付き合うともうだめだ。

「この人、こんな面もあったんだ」と思われる位なら良いけれど、「騙された。あれは演技だったのか」と思う人の方が多いと思う。それほど、第一印象の良い人間なのだ。
自己アピールも上手い。

本人にすれば、それも自分なのだろう。騙そうとか思っている訳でもなく、自然に自分なりに神経を使って人と接しているつもりなのだろう。


そうであれば、もう一つの自分とのギャップがありすぎるという事になる。


本人は、自分に自己愛が強い面があるとは、全く自覚していないし、認めない。


自分を客観的に見つめるというのは、誰でも難しい。

人とトラブルになった時、相手から言われたり、家族から注意されたりして、「自分にはそんな所があるんだ、人はそんな風に思ってしまうんだ、」とちょっとは反省して考えてみたりするもの。


私も若い時は、なかなか自分の事を素直に見つめる事ができなかった。

年齢を重ねて、子供や親、職場や友人などから、言われた言葉に、何度かハッとする時があった。

今になってやっと振り返って、自分の未熟さに恥ずかしくなり、今までこんな自分を許してくれていた周りの人々に感謝する毎日。


モラハラをする人間には、そういった自分を振り返ったり、客観的に見つめる事はないのだろうか。

夫は、そういう話になると、

「もっと客観的に自分を見つめる癖をつけなさい」とか、「自分もついそれを忘れてしまうのですが、気をつける様に努力をしていますよ、」とか、人に指導をする。

それは、自身の考えではなく、以前私に言われた事を覚えていて、受け売りなのだ。

彼は、心を許した相手には、上から目線で話す。嫌な印象を与えている事に気が付いていない。


「その言い方、上から目線になっているから気をつけた方がいいよ」と子供や私からも注意されているが、即顔つきが変わり、「そういうあなたの言い方が、偉そうだよ。気をつけるのはそっちだ」と怒り出す。

なので、今では家族は言っても無駄と諦めた。


そのようにして、自分が痛いところを突かれると、その後、それをかれは他者にむけるのだ。投影というのか。

だから、やはり、自己愛の強い人は自分を変えようとか、反省するということはできない人格なのだろう。




モラハラ、DVにも色んなパターンがある。


暴力、暴言を毎日浴びせられ、殺されるかもしれないと思うほどのDVに悩んでいる方や、必死の抵抗でやっと脱出できた方、どんなに沢山おられることか。


そんな方に比べれば、私の場合なぞ。軽い、甘いと思われるかもしれない。


何度も書いているが、本人は”自分は優しい、いい夫を頑張ってやっている”と思い込んでいる。
全く自覚がない。

だから、こちらの気持ちは無視で、え?というような、言葉を場違いに言ってくる。

「僕たちはいい夫婦だよね」とか、「僕はよく人から良い旦那さんだと言われている」とか、「僕ほど家族の為に頑張っている父親はいない」みたいな事を、モラハラした後に、平然と言ってくる。

急に優しい言葉をメールしてきたりもする。


おそらく、この不自然な優しい言葉に乗せられ続けると、共依存にはまりこむのではないかと思う。


うわべは激しい暴力も暴言もない、だから、「その程度で、モラハラとかDVではない」ということにはならない。

今はこんな事を言う私だが、少し前までは「自分が何とかしよう、自分が頑張ればいいんだ」と無理していた。自己愛君の言葉を信じていた。

次第に、あれも嘘、これも嘘、家族には嘘でごまかし、自分の利益や欲望を優先していた事がわかってから、「もう騙されない」と決めた。

これは、経済的DV,モラハラなんだと自分の心の中で決定。対策を考えることにした。

私がそう思っている事も知らない夫は、何もなかった様にマイペースで楽しそうにやっている。

かつて、「あなたの今の言動は、モラハラだよ。経済的DVもしているよね」と言った事がある。

無反応だった。おそらく「何を言っているのだろう、こんな良い旦那さんに向かって。そっちがモラハラしてるじゃないか」と思ったに違いない。


私が何を訴えても「文句ばかり言っておかしいのはそっちだ。僕を評価する人が沢山いるし、僕は家族の犠牲になってきたのだから、感謝するべきだろう。人の見かたがおかしいのではないか。もっと勉強しろよ」と言うだけなのだ。

家族への責任感を持ってほしいと訴えても、つまらない我儘な文句としかとらえず、本人は聞き流してしまう。

加害者に対してのカウンセリングもあるようだが、うちの場合は自分が加害者だと自覚する事はないだろう。

むやみに相手にわかってもらおうとか、改善を望むと、とんでもない反撃がきて更に傷つくだけなのだ。話し合いで解決することは無理だと私は諦めた。

こういう自己愛の強い、モラハラをする人は、人の気持ちや、自分の行動を客観的に見る事ができないと諦め、こちらが対処する方法を考えるしか自分を守る手段はなさそうである。


自分が感じた事!☆こういった目に見えない、うわべがソフトで本性が見えないタイプの精神的DVは、じわじわと体も心もゆっくり侵され、気が付いたらすっかり洗脳されていて、何もかも奪われていて、自分が無くなっていくのだ。 気を付けたい。

子供さんが就職するのを待って、H子は離婚を言い出した。


別居している間、ご主人から電話で「お前のせいで、自分の生活費が無くなり、お袋の年金の世話になってるんだぞ。お袋に謝れ!」と言われたそうだ。


それまでの彼女なら、言い返さず、黙って耐えたのだが、別居して目が覚めていた。


「何いってんの!お金が無いのはあなたのせいでしょ!いい加減にして!」

と、結婚以来初めて言い返したんだそうだ。


それが、かなりDV旦那さんにはこたえたらしい。抵抗していた離婚話はとんとんと進んだ。


セレブな生活をしていたご婦人だったのが、突然ドン底に落ちて、最初は世間体を気にして、何とか繕っていたようだが、次第にそんな余裕もなくなっていつしか、心と体を病む入り口で何とか踏みとどまれたのだ。


不幸な現実から抜け出せたきっかけは、彼女が役所に相談に行ったことだろう。


鬱になって、病院で別居を勧められたことも良かった。彼女が行動的で、社交的で素直に相談できたのも救いだった。


自分がDVにどっぷりはまっていて、一人で苦しんでいた事に気が付くことができた。
DVをする人間は、「お前が悪い」と責める為、被害者は洗脳され、逃げだす力も奪われる。



当時私は、彼女の話を聞くのが精一杯で、自分の事など話せる状態ではなかった。


この友人から、色々学ぶ事は多い。

 
参考☆どんな事でも、心配事があったらまずお役所に行ってみよう。相談に乗ってもらえる。解決のヒントを貰える事もある。

H子宅は、税金も払えなくなっていた。

ご主人は借金を申し込もうとして、それが原因で断られた。帰宅して「お前が税金払っていないから金借りられなかったじゃないか!」とどなられたらしい。ご主人は、彼女が何か言おうものならどなりちらし、暴言を吐くので、彼女は何も言い返せない。


その時から、彼女は幻覚が見え始め、体調が悪くなっていた。

妻が仕事しているのに、夕方洗濯物を取り入れていないのが気に入らないと、庭に洗濯物を投げていたりする旦那さんだった。


ついに、役所が動いてくれ、ご主人に説教してくれたらしい。「あなたは人間のクズですよ」と反省のない態度を見て、言ってくれたそうだ。


医師にも、すぐに別居するように言われ、彼女は実家に逃げ帰った。




参考☆医師や、役所に全てを話し、相談した事が良かった。客観的に相談者の立場を自覚させてくれ、解決の為のアドバイスをくれる。傷が深くならないように考えてくれる。

友人H子の話だが、県外の故郷に帰って以来、お互いなかなか会えずにいる。
一人暮らしで働きながら、次の人生を楽しみ、頑張っている様だ。


彼女が離婚するまでには、壮絶な戦いがあった。



彼女は、結婚するまでは、「こんなに幸せでいいのかな」と思える人生だったそうだ。

彼女のプラス思考と明るさ、さっぱりした性格に加えて愛情深いご両親という素敵な 環境で育ったからだろう。


大企業に勤めるエリートのご主人と結婚し、バブル期にはご主人は単身赴任になり、子供と二人で気楽で楽しいセレブな生活を過ごしていた。



彼女が幸せと思っていたのはそこまでだったそうだ。



このご主人も豹変したらしい。典型的なDV夫だったという。 高給で、単身赴任だったから我慢できたと言っていた。

バブル期に、ご主人が会社を辞め、赴任先で起業したが失敗、バブルははじけ、赴任先から借金まみれで帰ってきたという。
義両親との2世帯住宅を建てたばかりだった。



それからは、地獄の日々。

プライドの高いご主人は、仕事もせず、家でゲームをして引きこもった。友人は、朝から晩まで働いて生活費を稼いだ。

子供さんは大学に入ったばかりだった。


ご主人に働いてほしいと訴えても、「子供は退学させればいい」と言われる。

パチンコ代など小遣いを親に貰い、たまにアルバイトをして、辞めてを繰り返し、ほとんど家にこもっていたとか。


あまりに情けない息子の姿に、義両親は嫁と孫の為に協力してくれた。


彼女は義両親に大切にされていたのが救いだった。



ご主人の借金がかなりの額あり、家のローンも負担だったため、役所に相談にいき、そこで彼女は、「ご主人にDVされているんですね」と言われたそうだ。


その時初めて自分がDV被害者なのだと気が付くことになる。

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