りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

  




自分がまだ子どもだった時も、子の虐待事件はあった。

当時は、”躾けを厳しくしすぎて誤って怪我をさせてしまった”とか”育児ノイローゼが原因で心中しようとした”とか、親が深く後悔して泣き叫ぶほどの悲しい事件が多かった気がする。(あくまでも表面にでたものだけで、それが真実かはわからないが。)

そんな時、伯母が遊びに来ていて、こんな事を呟いていたのを覚えている。

「どんな母親だって、育児に悩んでるしカッとなるわよ。つい手が出てしまって、あ、しまったと思う事があってもおかしくない。憎くて怒鳴ったり、たたいたりするんじゃないのよ。

私だって、一歩間違えれば子どもが大怪我していたかもしれないと思う事あった。子育てって、大変よ。全て母親に押し付けられて、子どもが反抗して泣きわめけば、カッとなってしまう。

そしてそんな自分が嫌になる。泣きたくなるけど、母親なのに、とか母親が悪いとか言われて辛い。」

母が「”3歳の頃は、我が子の影まで憎いもの”という言い伝えがある。その頃は、確かに手がかかるから昔からそう言われてきたのね。」と言う。

「これは、これから子どもを産む人や、育児中のお母さんに対して、慰める為の言葉よ。子育てが上手くいかなかったり、つい怒鳴ったりするのは、当然の事だと言う事。昔の人も、皆同じ思いをしながら子育てしてきたんだよ、と言う事よ。自分だけじゃないってこと。」

と、私に教えてくれた記憶がある。


実際、自分が母となり、悩む度にその話を思い出しては、自分に言い聞かせてきた。それでも、後悔する事ばかりで、ダメな母親だなと思う。


でも…良い母親なんているのかな。「素晴らしい子育てをした」って言われる人がいる。何が根拠か。東大に入ったとか、お金稼いだとか有名になったとか、成功したらそれは子育ての成功なのだろうか。

それは違うと思うがな。という私の自分勝手な考え。

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それより、夫の子育てに対する姿勢も大きな影響を与えると思う。子どもを産めば自動的に子育てができる親になれる訳じゃない。親の資格をとる試験は無いんだから。

出産した病院で、初めての赤ちゃんで不安なママさんに、ベテランの看護師や助産師が「ママでしょ!しっかりしなさいよ。」とはっぱをかけていた。泣きそうな顔で不安気なママさんをその言葉で追い詰める事も知らずに。


私も初めての出産の時、同じ事を言われ、育児ノイローゼはこういう人達が作るんじゃないかとも感じたほど。その時も、救いになったのは先輩ママのお婆ちゃん。

「そんな事言ってたら、私たちの世代は皆母親失格になってしまう。神経質にならなくていい。」と言ってもらった。

苦しみながら親になっていく。それを共有したり、助ける周囲の人がいるかどうかで、母親はかなり子育てが楽になると思う。

子の父親との関係が悪く、子を愛せないという人もいるかもしれない。その複雑な気持ちをとんでもないと第三者は批判するだろう。

だから自分を責めながら感情を押し殺し、良い母親になろうと頑張るのだ。誰かこんな母親を抱きしめてあげる事ができるなら、協力してあげたら、どんなに救われるだろう。



ママ友の中には、「子どもが2歳の時、あんまり泣いてまとわりつくから、ちょっと振り払ったら台から落ちて、大怪我させてしまった事があるの。血まみれになった子どもを抱きかかえて、何て事をしたんだろうとパニックになったわ。後悔ばかりしていた。」

その話を聞いていたママたちも、あるある、わかると頷いていた。

今なら、これがたった1回のアクシデントだとしても、母親は逮捕されたかもしれない?

絶対に子どもを乱暴に扱ったり、怪我させたり、暴力はいけないのだ。

でも、気持ちはわかってほしい。子どもを育てながら、孤独で追い詰められる親の気持ちを。


こういう悩みながらの躾けと本物の虐待親の言う躾けとは種類が違うと思う。




  



体罰について書こうと思ったが、暗い話をしたくない気分なので、先日の映画のお話の続き。


タイトルは”Yesterday” で、コメディー映画の様だ。 ユニバーサルピクチャー公式チャンネルで予告が公開された。



「Yesterday(原題)」海外予告


シンガーソングライターの主人公が、事故にあい、目覚めるとあの伝説のバンド、ビートルズが存在していない世界になっていた。
そこで主人公は、誰も知らない事をいいことに、ビートルズの名曲を売り出すのだった…。


6月28日全米公開予定。日本でも早く公開してほしいものだ。


ビートルズのファンなら、一度は妄想した事のあるストーリーかもしれない。

私も、「もしこの世にビートルズがいなかったとしたら、どうなっていたと思う?」とファン同士で話題にした事がある。

まさか映画になるなんて。こんなに時間が経ってから。

ビートルズは伝説になったが、ポールとリンゴが元気で、今でも現役でライブをしてくれているのが嬉しい。
その姿は若々しく、ポールなどは神がかって見える。

クイーンもそうだが、メンバーの誰かが亡くなって、よりバンドは伝説化され、時代が変わっても人気は衰える事は無く、受け継がれていく。


ポールとリンゴが、こういった映画を観てどう思うかな。

そして再制作される”Let it be”もこの二人とオノヨーコ、ジョージの奥さんのオリビア達が監修する。よくぞ元気で長生きしてくださった。という感じ。


クイーンの映画も、フレディが生きていて、観てくれていたらなあと思う。

今のポールのライブを、ジョンとジョージがタイムマシンに乗って観にきたら Or 天国からこの世に戻ってきたら、きっとこういうだろうなあって、1人妄想する。

「ポール!君はこんなおじいさんになっても、まだビートルズを歌っていたのか!有難う!」って。

ライブ中、必ず欠かさないジョンとジョージへの追悼コーナーを見て、手をとって涙を流すのかなあとか、勝手に妄想して自分が泣いてしまう。



ああ、また話がそれてしまった。


暗い、鬱な気分になりがちな毎日。小さな楽しみを作って心に光を灯そうと思う。





  




子どもの虐待件数の増加に伴い、東京都では親への新しい条例を作る案がでているそうだ。


海外ではすでに虐待に対する条例があり、日本は対策が遅れていると言われている。


驚いたことに、
「子どもには体罰を受ける権利がある」「体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使」「体罰は教育」「教育上の進歩を実現するにおいて必要不可欠なもの」
と体罰を推奨する「体罰の会」という団体があるようだ。

(そう言えば夫も似た様な事を言っていた。)

命の危険があり、子を守る為にやむを得ない場合以外では、体罰は必要ではないと思う。

体罰は、身体の痛みと同時に心も痛む。心に残った傷は一生残る。

私は体罰は受けてはいなかったが、体罰が当たり前の様な環境にいた。友人が親や教師に殴られ、怒鳴られているのを見させられる事も、体罰を受けている事と同じく心が痛んだ。
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ただ恐怖でしかない。恐怖で子どもを支配する事が教育とは思えない。


学校では、体罰禁止になっているはずだったが、私の時代は守られてはいなかった。

暴力や暴言で支配する教師のクラスは、恐怖心から表面ではまとまって見えて、他のクラスより成績も良く、その教師は自分に能力があると誤解し調子に乗っていた。

体罰も暴言も無い教師のクラスは、子どもが明るくのびのびしているのに評価されないというおかしな風潮があった。

今では暴力教師は、父兄からの苦情やSNSなどで問題になるという時代背景もあり、ほとんど存在しないと思うが、当時の私の地方ではそんな古臭い考えの大人が多かったと思う。

生徒だった自分は、体罰を指導の道具として使う教師は、サイコパスにしか見えなかった。
愛情など感じず、子どもの為では無く、自分の為の指導、そんな教師を尊敬どころか、癇癪持ちの病気の人としか思えなかった。内心軽蔑していた。

成人してもその場面を夢に見る事が多かった。体罰を受けていない私でも、どれだけ心に深く残るのかと自分でも驚いた。

学校現場でもこうなのだから、親からの体罰はどれだけ深く悲しく心に残ることだろうか。

                                    続く




  




映画"ボヘミアン ラブソディ"が元気をくれて、久し振りに懐かしい音楽と映像で気持ちも若返らせてくれた。


主役のラミ、マレックは、次々と色んな賞レースで主演男優賞を獲得。

次は、アカデミー賞。

若く見えるが30代後半、役者としても経験豊富、これまでの努力がやっと報われたと言う感じだろう。
         
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テニスの一流の選手の試合を見ていつも感動するのだが、無理に見える球でも絶対に拾おうとする。食らいつく。諦めない。そこまでしないと勝てない。一流の人ほど形振り構わず必死に頑張る。

何にでも通じる事だと思う。ラミマレックを見ていて共通するものを感じた。

競争の激しい、厳しい演技の世界~観ている人がその演技を通じて役者の持つ魂みたいなものに触れないと感動させられないし、評価されないのだなと改めて感じた。


フレディの役は、ラミが3人目の候補だったとか。他の2人のどちらかが演じていたらどうだったかなと想像する。


私個人の感想だけど、ラミが演じたからこその映画の成功があったと思う。

フレディのイメージを彼の持つ魅力で増幅しカバーした。

小柄で全く違うタイプに思えるが、あそこまで近づけたラミの努力と魅力と魂がフレディと重なり、憑依してるみたいだと言わせるほど、観る人の心を震わせたのかもしれない。

彼の目の美しさにハッとした人も多かったのではないだろうか。大きい彼の目の輝きがフレディの心の純粋さを表現していたと思う。これは演技ではカバーできない。
映画自体も、「輝き」を強調していた。

サングラス、車、ドア、鏡、ピアノ、フレディの目、色んな物が輝いており、それに映し出す映像~のテクニックも凝っていた。

この映画の上映が終わったら次は、何を楽しみにしようかと探していた。


あった!「Yesterday」という映画。(内容は後日)

あるシンガーソングライターが、事故して目が覚めたらビートルズが歴史から消えていたという物語。

日本では、夏か秋かな?

海外向けの予告編を見たら、面白そう。コメディだから曲を楽しみながら笑ってすっきりしそうだ。


ストレスまみれの自分を慰めてくれる映画が次々とでてきて、有り難い事です♡

(実は、パニック映画が好きなのですが)(笑)
                  
                            

  




飛び込んできた池江選手のニュース。


昨日まで元気一杯だった若い人が、突然発病したという話を良くきく。白血病。

私の知り合いにも、数人いた。どの人も若くて元気だった。私が高校生の時、同級生にもいたし、就職先の同僚のお姉さんもそうだった。

バリバリ銀行で働いて、役職も持っていた40代のママさんも。

壮絶な治療の後、自宅療養をしていた。ご主人は仕事を辞め、資産を全て奥さんの介護に充てて尽くされていた。

本人が一番辛いのは当然だが、家族も一緒に戦う事になる。

身近でみてきたので、自分の家族だっていつどうなるかわからないと、他人事には思えなかった。


今の幸せは、たまたまなだけ。感謝して一日を大事に生きて行こう、と思う。
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テレビで桜田大臣の発言を見て、腹が立って仕方がない。


この人、前から大臣どころか、国会議員の資質が疑われるなと思っていたが、やっぱりだ。

自分が同じ目にあわないとわからないのだろうか、今までどんな生き方してきたのだろうか。

もし自分の子どもや孫が、同じ立場にたっても言えるか?

池江さんは、国の道具じゃないぞ。1人の人間だぞ。水泳でメダルとる事だけが彼女の人生じゃない。

マスコミの扱い方もおかしい。オリンピックなんかどーでもいい。

私が彼女の親なら、”何も考え無くていい。水泳が強い事だけが価値じゃない。産まれてきてくれただけで嬉しかったのだから。あなたが生きてくれているだけで素晴らしいことよ。”って言いたい。


そう、ここで「自分の人生は自分のもの。誰の物でもない」
「貴方の人生は国のものでも国民のものでもないよ」といってあげたい。

病気になろうが関係なく、全ての選手に言いたい。

マスコミにはそっとしてあげてほしい。オリンピックなんてどーでもいい。(2回目)

東北も熊本もオリンピックのせいで復興が進まず困っている。

熊本も東北同様、まだ仮設住宅に住んでいる人もいる上、県民が楽しみにしているラグビーのワールドカップの会場の工事が止まって困っているそうだ。

オリンピック工事が優先され、材料が不足しているらしい。そうやって国は、口だけは復興といい、実は足を引っ張っている。

腹がたって、テレビに向かってぶつぶつ文句を言っていたら、コメンテーターが全く同じ事を言ってくれてすっきりした。

朝から血圧が上がった。落ち着け私。



  




久し振りに夫のSNSを覗いた。

相変わらずいつも同じ事を書いている。


テーマは変わっても、結論は同じ。

夫を良く知る人が読んだら笑うのではないか。

夫の弱点、深層心理が読みとれてしまいそうだ。
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いつも同じ職業と人の批判と説教。これは若い時から間違えた情報のままよく調べもせず延々と言い続けている。ここまでくれば変だ。そのしつこいこだわりは、例えば


〇公務員、特に官僚を異常に敵視し、馬鹿にする。
〇運転マナーの批判(女性だけが悪いと)
〇高給取りは、仕事をせずに楽をしている。親の力だ。
〇親はきちんと子どもを育てるべきである。
〇最近まともな親がいない。
〇昔の日本は良かった。
〇自分が子どもの時が一番良かった。教師も良かった。
〇自分はきちんと育てられた。

などなど、もう何年も何回も繰り返し言う。
一度覚えた言葉を永遠と使い回す。

これらは、夫のコンプレックスをそのまま表している。

どれもこれも、自分が失敗した事ばかりだからだ。

夫は、妬み体質でいわゆる勝ち組をとことんけなす。

同級生が官僚で、公務員も多いから、同窓会で惨めだったのか、勝手に敵視している。

「あいつらは仕事もできないのに、勉強ができても仕事はできない、記憶力だけで合格した」とか「親のコネだ」だの本当に見苦しい。自分がうまくいっていないのを、自分のせいではなく周りがずるいと言う。
そのくせ、利用しようとする。利用しても感謝して恩返しをすればまだ救われるのだが、逆だ。

恩を仇で返す。相手に嫌われると、自分の反省は無く「だから公務員は嫌なんだ、給料泥棒なんだからそれ位してやってもいいだろう」みたいな事を平気で言う。
利用する前とは別人格になるので、そうやって敵を増やしている。


自分は努力しなかったという事は忘れている。「本当は僕の方が今頃向こうより偉くなっていたはず」とか、みっともないから言わないでほしい。

それを言い続けて何十年?何回転職して今度はトップになるとか大金が入るとか嘘ついたことか。

運転の事にしても、夫の運転マナーの悪さと事故と違反の多さを考えれば、偉そうに説教できる立場じゃないだろう。

女性ばかりけなすのも、自分より弱いものを相手にすれば絶対勝てるという器の小ささからか。

自分より優秀な女性には沢山出会ったはずだが、自分より評価されたり、高収入な女性は「色目を使ったんだろう」などと陰で言う。一番最低な男。でも、本当はそういう女性に養ってもらうのが夢なはずだ。
表では、フェミニストのふりをしている。


子育ての事にしても、家族をまともに養わず、子育て拒否した奴が良く言えるものだ。まさか、自分は子育てをちゃんとしたと妄想しているのではないだろうな。いや夫ならありえる。

自分に都合よく思い込む。妄想を現実と思い込む。

「お前が言うか」と言われそうな事をしつこく言うのは、やはり、自分の弱点を他者に投影しているんだろう。

強いコンプレックスを隠す為に。気が付いていないのは夫自身。



同居していたら病み、別居されたら生活苦と子ども達の精神的苦痛、どっちをとるかなら、別居で良かった。でも、かといって夫の我儘を許すつもりはない。






  

その後  女性上司から夕方メールがきた翌日のこと。

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朝礼後、ちょっとしたミニ研修があった。

仕事に役立つ色んな情報を伝えたり、教育をしてくれていた。

その日のテーマは、なんと
「メールを扱う時の注意」だった。その時は、前日に誤送信なんてしていないと思い込んでいた私。

当時、全職員にパソコンが配置されだところだったので、仕事上のメールのやり取りについてのレクチャーを受ける事は何の不思議も無かった。

携帯で慣れているし、一応建前上やっているのかな位に思い、お気楽に聞いていた。


男性の上司が、「メールでの失敗談は、結構あるんですよ。僕の知り合いの人が、上司の悪口のメールを同僚に送るつもりが、その上司に間違えて送ったなんて事もあったんですよ。」と言って、皆を笑わせた。


今思えば、これは私への遠まわしな注意だったのかと思うのだ。


何故かと言うと、メールをしてきた女性上司は、何かあるとすぐにその男性上司に泣きつく人だったからだ。

表むきは優しい良い上司なのだが、裏では自分の気に入らない人の事を色々脚色して上に話し、評価を下げ、やめるように仕向けていた。
(それにしても、前日の夕方受け取ったであろうメールの事を、翌日他の上司に研修させるとは。いつのまに打ち合わせしたのか。前日の夜?凄くないか?)


私の同僚も、彼女から陰湿な目にあって悩んでいた。その相談に私がのっていた。前日のメールもその一つだった。

私は男性の上司にその事を相談したこともあった。だが、ただの女性同士の妬みからくるトラブルにしか受け取ってもらえなかった。

優秀な女性上司を優先するのは当然かと諦め、自分はまだ新人だったし実力が無い事が悔しかった。企業ってそんなものだ。

で、その女性上司にべったりな男性上司は、おそらく私から誤送信されたメールを見せられて、うまく対処したつもりだったのだろう。確かに、研修の内容は正解だし、必要なものだ。

おそらく、私が気が付くことを期待して、上司たちは私の表情や行動をじーっと観察していただろう。
残念ながら、鈍い私は、全く気がつかず、普段通り普通に堂々としていた。


それ以降、結局意地悪を受けた同僚は辞め、私も女性上司から何かと目を付けられるようになり、結果的には辞める様にしむけられた。
私が誤送信した事が原因で、気が付かなかった事も原因だから仕方がない。

夫の事でストレスが多い上に、子育て、その上仕事での嫌がらせがあるなら、とりあえず手っ取り早いのは仕事のストレスを排除することだった。

上司は、いかにも残念そうに引き留めてきたが、内心ほっとした事だろう。

男性上司から、辞める前に聞いた。
「彼女は何でも嫌な事を僕に押し付けてくる。自分はいい子で、僕が悪者だよ。あなたの嫌がる事をさせて辞める様に仕向けろと僕に言ってきて困ったよ。僕を恨まないでくださいね。」だった。

わかっていたので、どうでも良かった。

もう遠い昔の事。ふと思い出すと、そうか、あの意地悪はあのメールを根にもっていたからか、あれは誤送信したからか、と納得がいく。

当時、誤送信に気が付いていたら、直接謝って、内容について素直に話していただろう。へたな言い訳をしても気まずさが残るだけだと思うから。どっちみち結果は同じだ。


それ以来、送信先はしっかり確認して、慌てずにメールやラインをする様にしている。悪口は書かない。

当たり前か。結構私は、雑だったり鈍かったりする。知らないところで、色んな人に迷惑をかけてきた事だろう。でも、鈍くて救われたのも確かだが。



  



携帯電話が普及し始めた頃、機能が今ほど良くなく、メールなどは、まだ編集中でも決定ボタンを押しただけで即送信されていたと思う。
クレームが多かったのか、次々と改善されてきた。
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慎重にやれば間違いも無いのだが、私は当時良く誤送信していた気がする。と今になって反省している。なんて鈍感だったのだろうと。機能のせいにはできない。

AさんにBさんの用事でメールを送ろうとして、間違えてBさんに送る様なミスは起こりがちだ。

それが悪口だったら悲惨だ。

今はラインでは、すぐなら送信取り消しできるが、メールはできない。


安倍さんのお友達のあの山口氏が事件を起こして「何とかしてほしい」みたいなメールをマスコミに誤送信したのも話題になった。本当に権力の力で何とかしてもらったのは、許せないが。

慌てるのは失敗のもとだ。

ラインも、グループだったというのを忘れて、個人対個人のやり取りをしてしまい、他のメンバーにばれたりとかはある。

上に書いた話だが、私は職場の上司にメールを誤送信したかもしれないと思う。

もうかなり前の話で、その会社も辞めて長いから今は全く会う事も無く、関係ないから良いけれど。

今になって気が付くというドジな自分に呆れる。何か変だな、とは思っていたがそのまま気にしないで忘れていた。

今になって、待てよ、どうみてもそうだろうと気が付くという鈍くささ。
その状況を説明すると…

当時、同期の友人からメールがきて、上司についての愚痴が書いてあった。返事をすぐに返信した。
私は仕事から帰ったところで、夕飯の準備などでバタバタしていた。

メールには、上司の名前は書かなかったが、私も同意するみたいな事を書いて、送ったと思う。

そのまま家事をしていたら、またメールがきた。

また同期の子かと思ったら、私の上司からだった。女性で歳も近かった。
普段からメールのやり取りはしていたので、そのタイミングで来た事に何も違和感を持たなかった。

メールの内容は「明日も頑張ってね。いつも偉そうな事ばかり言ってごめんね。」だった。

今思えば、そこで気がつきそうなものだ。

私はそれを読んでも全く何も思わなかった。鈍感すぎた。

おそらく、私はこの女性上司に間違えて送信してしまい、それに対しての彼女からの反応だったのだと思う。

私に「間違えて私に届いたよ」と遠まわしに教えているのと、半分は嫌味だったかもしれない。

私のメールには、具体的には名前も何も書いていなかったが、上司の愚痴だとはわかったと思う。

私はその時「今頃何を言っているんだろう」と読み流していた。

「そんな事全く思っていませんから、気にしないでください」みたいな返事を、面倒臭いなと思いながら返信した記憶がある。

そこでなぜ気が付かなかったのか、自分に聞きたい。

よっぽど余裕が無い時間帯だった気もするし、仮に誤送信していても、別にいいやと思っていたのかもしれない。

絶対誤送信をしていたという確証はない。その上司に確認していない。
携帯の送信履歴もすぐに消していたし、同期の子とは他にも色々やり取りしており、いちいち確認する事もなかった。

真実はわからない。

でも、色々後から辻褄の合う事が出てきて、今頃気が付いているのだ。

鈍い自分に呆れるが、逆にそれで良かったのかもしれないとも思う。

あの時からずっと、誤送信に全く気が付かず、堂々としている私を見て、上司が「あれ?間違えではなくて自分にメールくれたのかな、自分の事じゃなかったのかな」と思ってくれた可能性もある。

だとしたらラッキーな話で、感謝しよう。
                           
でも、この件はまだ続きがある…




  

毎日子どもの虐待のニュースが入って来る。

特にあの心愛ちゃんの事件の続報は、もう聞きたくないほど嫌な内容が次々と。
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親とはこういうものである。親になれば落ち着く。良くなる。

そういう幻想はやめよう。

犬や猫を虐めたり、残酷な事をする子どもがいたとして、子どもだからとそのまま放置され、大人になっても残虐性が抜けなかったとしよう。生まれ持った性質として。


そんな人が結婚して子どもを作ったら?親になれば変わるだろうなんて甘い。


格好の餌食として、弱い者にターゲットがむかうのは当然の事。

毎日、しかも家庭という閉鎖された空間は鬼畜にとって絶好の場じゃないか。


親なのに、とか夫婦なのにとか一般的な理想論なんて関係ない。

親だからこと夫婦だからこそ、鬼畜にとっては目の前に結構な獲物がいることになる。


そう思って、周りは対処しないといけない。
相手は人間の顔をした悪魔だ。親子だからとか家族はこうあるべきとか、凝り固まった指導が悪魔に通用すると思うのが間違いだ。



  

4DX 続き


ファンファーレで感動し、「ヘイヘイヘイー!」のフレディの声。

椅子はゆらりゆらりと動く。フレディの動きや、カメラの動きに合わせてゆらりゆらり。
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車に乗るとエンジン音と共に椅子がブルブルと振動する。一緒に車に乗っている感覚。

ライブエイドのステージへの階段を下がると下を向き、また上がると上を向く。

風も色んなシーンで吹いて来る。

ライブの場面になると、照明がピカッ、スモークがフワーッ、ドラムとベースに合せて椅子が動く。
ライブ会場に居る様な感覚になる。

まるで会場が音に合わせて乗りまくり、椅子が生きている様だ。
椅子の下と腰の部分は、頻繁にブルブルしていて、マッサージチェアみたいだった。


椅子と一緒に足を動かせたし、気にせずノリノリになれた。

勿論、ドンドンパッ(We will rock you)の場面では足踏みの振動がしっかりきた。

パーティのシーンでは、ハーブ系の臭いがたちこめる。ドラッグをイメージしたのだろうか。
紅茶みたいな香りだった。香りには感動した。パーティの部屋にいる様だった。

フレディの動きに合せて、自分も動く。

雨のシーンは、濡れるのかと思い、椅子の手元のスイッチをオフにした。

だが、それは失敗だった。
他の椅子では、ほんのり雨の演出があったのではないかと思う。濡れるほどは無かった様だ。オンにしとけば良かったと後悔。


やはりライブエイドのシーンが、臨場感と迫力が最高だった。

会場の大勢の人々のいる位置からステージに向けてカメラが飛んでいくシーンは、フワーツと飛んでいる感覚がした。


ピアノの下をくぐって、ドラムの方へ抜けるシーンも、まるで自分が滑りぬけていく感覚だった。

臨場感を味わいたいなら4DXは良いと思う。
音楽やストーリーをじっくり味わいたい時は、少し気が散るかもしれない。動きに気をとられるかもしれない。と言っても、激しくはなく繊細だった。

料金は千円プラス。それだけの価値はあったと思う。

4DXが終わった後、無意識に踏ん張っていた様で足が凝っていた。

この映画は何回みても新鮮だ。新しい発見があり、感動する。細かくこだわり、良く作ってあると思う。

色んな人のカメオ出演、日本画や日本の置物、お札、前には感じなかった登場人物の隠れた表情など、いくらでも発見がある。


辛い不安な日常を忘れて、過去の自分に戻ったり、新しい興味に走ったり、現実逃避と言えばそれまでだが、この映画は、元気を与えてくれる。

もうフレディがいないと思うと悲しくなるが、彼の彼等の残した作品は永遠に残る。

音楽の力は素晴らしい。この余韻を大事にエネルギーにして、頑張ろう。





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